■ CAST ■

◆大野智(嵐)…サンタモニカの高校に通う日本人少年。普段は明るいが、ある心の傷を抱えている。
◆ニック・カーター(BSB)…智と同じクラスのバスケ部のエースだが、どこか自分に自信のなさを日々感じている。

◆二宮和也(嵐)…智を慕う少年。聴覚障害を持っているが、明るく真っ直ぐな性格。
◆ブライアン・リトレル(BSB)…教会の神父。街の子供達に慕われている。
◆櫻井翔(嵐)…ブライアンの教会の新米神父(後編から登場)
◆AJ・マクリーン(BSB)…コーヒーショップの店長。







カリフォルニア州西部のルート66の終点に位置する街にあるサンタモニカ教会の聖堂の中は、日曜日のミサに訪れた沢山の人々で埋まっていた。聖堂の中からオルガンの音が聴こえ始めると、大野智は無意識に小さく息を吸い込んで、鼻歌のように歌った。その手にはスパナを持ち、壊れた小型バイクを修理しながら。賛歌なのに、まるで神様には聴かれたくないかのような小さな歌声で。もちろん智本人にとっては、いたって無意識の単なる鼻歌なのだけど。
「?」
ふと視線を感じて、智は顔を上げる。
「智、どう?直りそう?」
聖堂の裏に停めてあるオンボロバイクの脇に屈み込む智に、そう言って微笑むのは、ここの神父であるブライアンだった。
「…いいかげん新しいの買いなよ、ブライアン」
智はそう言いながら、溜め息を吐いてノロノロと立ち上がった。
「お、完璧じゃないか。いつも助かるよ。ありがとう、智」
わざと智の嫌味を無視して、のん気に笑いながらバイクに跨ったブライアンは、すっかり機嫌の良くなった愛車のエンジンをブルンブルン…と鳴らした。
「神父の癖に中にいなくていいの?」
「ああ、言ってきたから」
そんなブライアンに、智は諦めて言った。
「これがラストだよ。マジこいつ、もう限界。次エンスト起こしたら買い換えて。じゃなきゃ命の保証ないよ?」
「はい、了解しました♪」
「ホントかよ…」
「神父は嘘つかない」
「……」
智は思わず、ブッと吹き出してケラケラ笑った。
「何言ってんだよ、礼拝抜け出す不良神父が」
と、滅多に雨の降らないカリフォルニアのカラッとした風に、栗色の短い髪を揺らしながら。
「ところで智、歌っていかないのか?」
智にそう尋ねながら、ブライアンはバイクから降りた。
「やめてよ」
智は笑ったまま答えた。
「おまえも子供の頃は、ここの聖歌隊で歌ってたのになー」
「俺もう18だよ。それに今日は…声ガラガラだし」
「…トニーの家なんかに行くからだ」
道具を片付け終えて水道で洗っていた智の手が、静かに止まる。寝不足でボンヤリ気味だった優しい瞳が、ブライアンの言葉で微かに揺れた。
「……。神父様は何でもお見通しなんだね」
そう言いながら、キュッ…と音を立てて、水道の蛇口を閉じた。


ニックがフロリダの中学校から転校してきた2年生の同じクラスの生徒に1人、日本人の少年がいた。ニックも当初は華奢な方だったが、そんなニックより遥かに小柄で細身で、初めて彼を見た時は小学生かと思った程だった。彼の名前は大野智といった。生まれは東京だが、父親の仕事の関係で幼少の時からカリフォルニアにいるらしい。日本語も普通に話せるらしいが、ニックは日本語を口にする彼を一度も見た事はなかったし、軽い南部訛りの抜けないニックよりも遥かに綺麗な発音をしていた。高校に進んでからも、お互いに会話らしい会話はした事がなかったが、その機会は本当に偶然に訪れた。
「ニコラス!」
所属するバスケ部の練習試合の帰りだった。海岸沿いの道を歩いていると呼び止められて、ニックは振り向いた。長身のニックの脇に、初対面の頃よりは成長しているものの相変わらず170センチに満たないスリムな体の智が、滑り込むように慣れたハンドルさばきでマウンテンバイクを停止させ、面食らうニックを真っ直ぐ見上げながら言った。
「サンタモニカ教会知ってるか?」
「え…あァ、何回か前通った事があるけど」
「すぐ行けよ。これ貸すから」と、バイクを降りて、訳も分からないままのニックに差し出す。
「な、何なんだよ」
「レスリーって妹だろ?預かって貰ってるから行って」
「!?」
面識のない筈の自分の妹の名をいきなり口にした智にますます驚いたが、ニックは妹の身に何かあったのかという事で頭がいっぱいになり、言われるまま智の自転車に跨って走り出した。一度、智の方を振り返ると、その場にグッタリしゃがみ込んでいる智が見えたが、とにかくニックは教会へと急いだ。


「あの…サトシ」
翌日の放課後、ニックは廊下のロッカーの所で智を見付け、声をかけた。振り向いてニックを見上げる智は、別段驚く様子もなく目だけで返事をする。
「?」
「昨日は、その…ありがと。妹の事」
「あァ…」
ニックが言うと、まるでケロッと忘れていたかのように智は少し笑った。
「智がレスリーを助けてくれたって、ブライアン神父が…」
「“助けた”って…教会まで送っただけ。あんな所で酔い潰れて寝てたらヤバイでしょ?警察に連れてく訳にもいかないし、おまえん家知らないし、他に適当な場所も思い付かないし」
「何で警察がダメだって思うんだよ?」
「もうすぐ試合だろ?」
バタン!と自分のロッカーの戸を閉め、教科書の入ったリュックを肩にかけて歩き出す智。ニックは反射的に追いかけるように智の後を歩いた。
「ちょ…待ってくれよ」
「何…ニコラス、まだ何か用?」
脇を歩く金髪の大男を鬱陶しがるように、智は少し眉間を寄せた。
しかしニックは構わずに「ニックでいいよ」
「あァ…ニック」
「その…ありがと、俺の事まで気にしてくれて」
「別に。……。あのさ、ニック」
自転車置き場に来た所で、ふいに足を止めた智はジッとニックを見上げた。
「何?」
「土曜にトニーん家…おまえも来るってホント?」
唐突でニックは面食らった。トニーとはクラスで目立っているイタリア系の面白い奴である。彼の家に週末に何人かで集まる事になっていて、ニックも誘われていたのだ。トニーの事はよく知らないのだが、同じバスケ部のメンバーを通して声をかけられたニックは、気分転換のつもりでOKしていた。智も行くとは知らなかったので少し驚いた。
「うん、そうだけど」
(あ…でも、智って俺よりはトニーとよく喋ってたっけ)
そんな事をボンヤリと考えていたら、次の瞬間に智の口から出た言葉に、ニックは再び驚いた。
「おまえは来るな」
「はっ、はァ!?」
素っ頓狂に驚くニック。しかし智は、別に怯む様子もなく畳み掛けた。
「トニーの家に行くなって言ったんだ」
「何で…何でおまえにそんな事言われなきゃいけないんだよ?」
「他の奴が言わないからだ」
「理由を言えよ」
「おまえが行っても楽しくないよ」
「なッ…」
ニックは心底カチンときた。体重差からしてもニックが智を1発でKOしてしまう事は容易だろうが、そこはバスケ部のエースである。グッと堪えて真っ赤にした顔でニックは智を睨み返した。
「おまえなんかに礼言って損した!」
言うなりニックは踵を返し、背中越しに智の声を聞きながらズンズンと校舎の方へ戻って行った。
「ニック!俺の事ムカついて構わないから、土曜は家にいろよ!」


通学用自転車で軽快に走って来る智の姿が見えると、その日本人少年は座っていた階段からピョンと降りて、智に「お帰り!」というように笑顔で手を振った。智は少年に気付くとニッコリ微笑みながら自転車を停めた。二宮和也は智より3つ年下の15才で、智と同じアパートに住んでいた。同じ日系という事もあり家族同士で親しく、智と和也は小さい頃から兄弟も同然であった。持ってきてくれた?と、指の動きで問い掛ける和也に、智は同じように慣れた手つきの手話で返事をした。
「持ってきたよ、約束の品」
それに対して和也は嬉しそうに微笑むと、智にハグをした。生まれつき耳が不自由な事以外は聡明で素直な普通の少年の和也を、智はいつものように優しく抱き締めた。


智はバスケファンの和也に頼まれていたニックの写真を渡した。先月にあったアーバイン高校との試合の時に見事なダンクシュートを決めた瞬間のニックの写真だ。
「あ〜あ…」
嬉しそうに写真を眺める和也を横目に、バッタリと自分のベッドに倒れ込む智。一緒に部屋に入ってきた和也が、どうしたの?と尋ねる。
「帰りにニックと会ったんだ。それにサイン書いて貰えば良かったのに貰いそびれた。ゴメンな、カズ。……後になって気が付いた」
すると和也は笑って首を振った。
(これだけで充分だよ♪…智、ニックはNBAに入るのかな?)
手で問い掛ける和也に、智は答えた。
「うん、きっとね。あいつならやるよ」
(智は、やっぱりNYの大学へ行くの?なんか淋しいな〜)
すると智はクスッと笑って「おまえは今度のサンディエゴ高との試合だけ楽しみにしてればいいんだよ♪」
そう言いながら和也の頭を撫でた。


「何様なんだよ、アイツ」
練習後に仲間と立ち寄ったピザ屋で、ニックはまだ剥れていた。賑わう店内でニックの周りだけ空気がドンヨリと重い。
「週末に俺が何しようが勝手だろ!」
「気にすんなよ、ニック」
隣に座っていた1人のチームメイトが、そう言ってニックの肩を叩いた。
「そんなチビザルほっときゃいいんだよ」と、笑いながら。
「あァ、分かってる。けど、ジム」
「何だ?」
「クソ野郎の名前はチビザルじゃなくてサトシ・オオノだ」
本気でムカつくからこそ汚い差別語で呼びたくないと言うように、ニックの目は真剣だった。
「あァ…分かったよ、マジになんなって」
今度は宥めるように肩を叩いてくるチームメイトを横目に、ニックは特大サイズのコーラの残りを一気に飲み干した。


夜。智は車でビバリーヒルズのプロムナードの真ん中にあるサンタモニカ大通りを東に走った。ウィルシャー大通りとぶつかる所を右折しビバリーウィルシャーホテルが見えてくると、その前に車を停め、ホテルマンにキーを預けて、豪華な花が飾られている広いロビーを横切った。フロントで名前を伝えると、少ししてスーツ姿の中年の日系人男性が智を呼び止めた。
「父さん…」
その男性に振り向いた智は、そう呼びながら、数ヶ月ぶりに会う父親と抱き合った。そして数ヶ月ぶりに話す日本語だった。
「智、姉さんの命日に帰れなくて悪かった」
「いいんだよ。仕事なんだもん。それにブライアンが来てくれたし、カズもいたし」
「そうか。リトレル神父に宜しく伝えておいてくれ」
「分かった」
そのまま2人は、カフェバーのあるフロアの方へ歩いていった。


「あれ、カーターくん?」
ステンドグラスをボンヤリ見上げていると、教会に似つかわしくない、あっけらかんとした声がニックを呼んだ。我に返って振り向くと、黒の法衣姿のブライアンがニッコリと微笑んだ。
「ニックだよね?こんにちは。今日は何か懺悔でも?」
「あ、スミマセン…そうじゃないんだけど」
「ハハハ、ジョークさ」
「……。この前はロクにお礼も言えなくて…ありがとうございました」
「とんでもない。その後レスリーはどう?元気にしてる?」
「まぁ何とか。…でも、またいつやらかすか」
「パワーがある証拠だよ。おへそにピアス開けるのを親に反対されて大喧嘩して飛び出すなんて。ただ飲酒は良くないな。また飛び出す時は街じゃなくココへ来いって伝えてくれる?アルコール以外の飲み物で好きなだけ愚痴を聞くからって」
「分かりました」
ブライアンの話を聞いていると何だか癒される気がして、ニックは微笑んで頷いていた。
「でもね、礼は智に言ってくれよ。あの子が偶然見付けて運んで来なかったら、今頃どうなってたか」
「とっくに言ったけど…」
その名前が出た途端にムスッとなってしまうニック。ブライアンは不思議そうにニックを覗き込んだ。ブライアンと2人で聖堂の長椅子に腰掛けて、ニックはあの翌日の学校での事を話した。
「そうだな…とりあえずハッキリ言える事が1つだけある」
「?」
「キミに言わない他の理由がある筈だよ。何か特別な理由がね。決してキミが邪魔な訳じゃない」
「何なんですか?…ただの友達同士のパーティだってのに」
「うーん…幾ら神父でも何でもお見通しって訳じゃないから」と、ブライアンは苦笑する。
「しっかし不器用なんだよな〜、智も。それじゃキミが怒るのもムリないよね。というか怒らない人はいないよ」
「……」
入口のドアが開いて、ブライアンの顔馴染らしき老婦人が入ってきた。
「あ、ウォレスさん、どうも。…じゃ、キミもまた来てくれよな」
そう言って、老婦人の元へ向かうブライアン。ますます訳が分からなくなったニックは、グッタリ椅子に持たれて溜め息をついた。


「智、おまえ、カーターの妹助けてやったって?」
数日後の放課後、1人で行きつけの店に立ち寄り、窓際のテーブルでレポートを書いていた智に、店の若いオーナーであるAJ・マクリーンが話し掛けてきた。ペンを止めて、クスッと笑う智。
「全く皆して“助けた”って…送っただけ」
「そりゃ助けたも同然さ。ほらよ、俺からの奢り」と、ドリンクを置く。
「ありがとう」
「座っていいか?」
「好きにしなよ、AJの店なんだから」
悪戯っぽく言う智に笑って、AJは向かい合わせに腰を下ろした。AJとは智が高校に入った時からの仲だった。時々こうして宿題をやったり読書をしに来るうちに自然に話すようになったのだ。大人びた髭に腕のタトゥーに耳には沢山のピアスをした一見アブなそうなラテン男であるAJと、来年は大学だというのに未だに時々中学生に間違えられる智との2ショットは、ハタから見れば少々滑稽であった。例えばここが店内でなく路地裏かどこかで、2人が友人である事を知らない人は、まるで智が誘拐でもされるんじゃないかと心配するかもしれない。
「ニックの妹が倒れてた場所…ディスカウント・インの前だったんだ。あんな所に中学生が1人で座り込んでたら、どうなると思う?あっと言う間にジャンキーに捕まって殺されるよ。当たり前の事しただけだ」
「当たり前か…まぁな」
頬杖を付きながらボンヤリ話す智に頷きながら、AJは煙草に火を点けた。
「それにカズが楽しみにしてんだ。ニックが出る試合。何かあったら困るのはバスケ部の連中だけじゃないって事」
「相変わらず優しいな、おまえは」
「えー?何言ってんの、違うよ」と、智は嫌そうに眉間を寄せながら笑った。
「AJ…俺、自分でもヤだよ、ずるくて。結局は自分が傷付きたくない回避なんだもん」
「……」
俯きながら、少し淋しそうな微笑みで話す智。智本人は淡々と話しているつもりでも、AJは何か眩しいものを見つめるような瞳で、ジッ…と智を見ていた。弱さを曝け出す事を恐れない正直な心。AJが智に勝てない理由は、これだった。
「…そりゃ違うぜ、智」
唇の中で呟くような声で言いながら煙草を消し、AJは立ち上がった。
「え?何か言った?」
キョトンとする智にAJは笑って首を振った。
「レポート、あんま根詰めんなよ?」と、智の髪をクシャッと撫でる。
「ん、ありがと」
AJが仕事に戻ると、智は静かに窓の外へ目を向けた。ちょうど夕暮れから夜にかけて変化していくサンタモニカビーチの輪郭をボンヤリと眺めている智の黒い瞳に、薄っすらと青が写って、キラキラと揺らめいていた。

―後編に続く―


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