第9話・熱帯夜の出来事

夏のリゾート地!海辺のホテル!太陽のビーチ!ヤシの木のビアガーデン!
そんなわけで、夏休みの学生が集まって頑張る期間限定のアルバイト合宿に、和也と智は参加していた。女の子チームには潤子もいたが、空手の全国大会という別の合宿に行く成子と暫しのお別れをして出かけてきた智。高校生と大学生を対象にしているので「良い経験になるから行っておいで」という雅紀の薦めで、大学生チームにマーチンも参加していた。許嫁の問題で父親と冷戦中の翔もいたりする。
「何気に気分転換にもなると思って来たのに結局いつも見てる顔だらけだなー」と、和也が言った。
「まぁいいじゃないの、和也くん。他の学校の知らない子もいるじゃん」
和也と同じ持ち場を任された智は、一緒にビールケースを運びながら言った。

時間が来たので休憩所に行ってみると「朝美が倒れちゃって☆」と、床に敷いたゴザの上でグッタリする朝美を潤子がウチワでパタパタしていた。
「日射病だろ。だから帽子かぶれってのにー」
和也が言うと。
「いや…髪に跡がつくんだもん…帽子かぶると変な型がつくのぉ」と、朦朧とした意識で訴える朝美。
「屋良さんてオシャレさんなんだね。潤子ちゃん、ちょっと僕にさせて」
朝美の額に、そっと自分の手をあてる智。
「あ…大野くんの手、ヒンヤリして気持ち良い。アイス枕みたい」と、朝美。
朝美の熱を冷ますために掌の温度をコントロールして応急処置したのだ。
すると「おーい、高校生組、交代の時間だぞ」と、集合がかかる。
「屋良さんはまだ休んでて。あ、マーチン」
智は交代でやってきたマーチンを引っ張ってきて「これと同じ事できるよね?屋良さんを頼むね」
「……」
マーチンは仕方なく朝美の側に行くと「楽にしてろ」と、温度調節した手を朝美の額に乗せた。
「…スミマセン」
いつもは我が道を行くコギャルな朝美が珍しく萎縮する。勿論そんな事は知らないマーチンは「気にするな」と、淡々と返した。

夜。仕事が終わると合宿所のお座敷に温泉コンパニオンの綺麗なお姉さん達がやってきた。この合宿アルバイトも残す所あと1日なので、オーナーからバイト生達への感謝の気持ち(?)らしい。
「可愛い〜ッ!食べちゃいたぁ〜い♪」と、お姉さんに気に入られて迫られる智。
「いや、あの、食べるには固すぎるし金属の味しかしませんよ、僕は」
「……。和也くん、行こっ」
和也までもが被害に及ばないうちに、潤子が和也を引っ張って外へ連れ出した。
「和也くん、待って〜☆」
「ダメ〜放してあげない♪」
「お姉さん、お姉さん。そいつ一応彼女持ちなんで勘弁してやってくれる?」と、智の様子を横で笑いながら見ていた翔が慣れた口調で助けてくれた。
「何よ〜、可愛い顔してスミにおけないわねぇ。仕方ないわ。皆さんで楽しく盛り上がりましょう♪」
営業モードに戻るお姉さん。もう少しで浴衣をはだけられそうだった智は、翔に感謝しつつホッと胸をなで下ろした。

「オーナーって何か勘違いしてない?あんな人達を呼ぶなんて」と、潤子はプンプンしながら言った。
「ハハハッ、そりゃ女子には嬉しくないよなー。でもバイトの俺らにあんな事してくれるなんて、オーナーさん良い人じゃん。そんなに怒るなよ」と、和也。
潤子と2人で夜のビーチに座っていた。
そんな和也に潤子は少し心配げに「和也くん…戻りたい?」
「そりゃ俺だって男だし、お姉さん達キレイだしー」
ちょっと意地悪く言うと。
「和也くんの悪趣味っ」と、更に膨れる潤子。
和也は「ウソ、ウソ☆」と、宥めた。
それから和也はゴロンと砂の上に仰向けになった。心地良い潮風。
「なんか寝ちゃいそー」
気持ち良さそうに目を閉じる和也。
潤子は笑って「いくら夏でもこんな所じゃカゼひいちゃうわよー」
「潤子がおんぶして部屋に連れて帰ってくれよ」
「今は和也くんのが重いでしょー。幼稚園の時とは違うのよ」
「そっかー。違うよなー」
「そうよ。……ねぇ、和也くん」
「潤子!」
ガバッ!
いきなり体を引き寄せる和也に、潤子はドキドキしながら言った。
「和也くん…違うとは言っても…いきなりこんな……」
「しーッ!もっと伏せろ」
「は?」
潤子の赤らんだ頬が一気にクールダウン。
「…何してんの、和也くん」
砂浜をほふく前進していく和也の後ろ姿を見つめて、潤子はガッカリを通り越して呆れながら言った。
「マーチンと屋良だ」
「え?」
和也と一緒に砂の斜面から覗くと、桟橋の先に並んで座るマーチンと朝美が見えた。
「あー、成子に続いて朝美まで!いつの間にマーチンさんとラブラブになったのよ、朝美ったら」
「へー、屋良ってマーチンがタイプだったんだ。マーチン、頼むから優しくしてやれよなー」
ノンキに祈る和也に(和也くんもねッ)と、潤子も心の中でボソッと突っ込んだ。

夏休み前に彼氏にフラレたヤケクソで、この合宿に参加した朝美だったが、今は元彼に感謝さえしていた。
「迷惑じゃなかったですか?」
朝美は、月の光に照らされるマーチンの横顔を見上げて言った。
「別に迷惑は被ってない」
「良かったー。あの…」
「何だ?」
「昼間はありがとうございました。昼間だけじゃなく昨日も」
仕事中にちょっとした出来事があったのだ。マーチンのおかげで朝美は失敗を免れた。ゴールデンタイムのビアガーデンでの事。団体客の大量の注文を受けた朝美が厨房係にメモを読み上げている時だった。ちょうど注文のビールジョッキを手にテーブルに向かうところだったマーチンが、その朝美の脇を通りながらサラッと言った。
『28番テーブルのエビチリは7人前じゃなく8人前だぞ』
朝美は慌てて訂正した。マーチンがいなかったら7人前を運んで大変な事になっていたわけである。
「その事か。耳に入る情報は全て記憶してるだけだ」
「でも普通の人じゃできないと思います。飛び交ってる声を全部憶えてるなんて」
「その通りだ。普通じゃない。智と同類だからな」
「あ…そっか。ごめんなさい☆」

コンパニオンのお姉さんも引き上げると、すっかり良い気持ちで酔い潰れて眠ってしまった大学生のお兄さん達に、智は、そっとタオルケットを一枚ずつかけてあげた。ついでに(というか、いつもの癖で)テーブルの後片付けまでしようとしてしまい「今夜はあなた達がお客様なんだから休んでて下さい」と、慌てて仲居さんに止められて、何もする事がないのでテラスに出てみた。すると『エマニエル夫人』のようなゴージャスな籐のイスにゆったりと腰掛け、宴会後の黄昏に浸る翔がいた。
「わー、櫻井くん、そのイス似合うね。王様みたい♪」
「ん?」
翔は振り向いて軽くキョトンとした。
智は翔に駆け寄り、いきなりその膝元に寄り添って「翔様、あなたのシモブクレになりたい!…あ、間違えた。シモベだった☆」
天然でふざける智に、翔は吹き出して大笑いした。
「何だよ、智。どこで憶えたんだ、そんなの」
「ビーチで海水浴客の男の子が、違うグループの女の子にそう言ってたよ。あれ何?」
「あァ…なるほど。だっせーナンパ」と、苦笑する翔。
「ナンパ?」
翔の膝に顔を乗せたまま首を傾げる智。
「さっき智が、あのお姉さんに迫られたのも、それの一種だぞ?」
「ふぅーん。じゃあ海に来る人って凄く社交的なんだね。恥ずかしがり屋サンは山へ行くのかな?あ、それとも海が持ってる自然の力で人間がそうなっちゃうの?」
「う〜ん☆」
翔はどう答えていいものか悩みながら、クスクス笑った。
「まぁ風呂でも入りながら、ゆっくり考えよう」
「お風呂入るの?」
「あァ、行こうぜ」
「はーい」

「あ、ローション忘れちまった。智、先に行っててくれる?」
「うん、分かった」
翔に言われた通り大浴場の温泉に向かっていると、和也が戻って来るのが見えた。
「あ、和也くん、お帰り」
「智?風呂行くの?」
「和也くんも行こー」

カポ〜・・・ン(←大浴場の音)
智と和也の2人以外は誰もいなくて、温泉は貸し切り状態だった。
「温泉てイイな〜♪」
極楽気分で湯にプカプカする智。
その横で、体を洗った和也が桶の湯をザブンと被りながら「それはそーと翔くん遅いな〜」
と、その時…ボチャン!何かが、隣の女湯の壁を越えて飛んできて、智達がいる温泉の湯に投げ込まれた。
「…?」
完全にまったりモードだった智と和也は、揃って素っ裸のまま一気に緊張感に包まれた。
「おい…智、これコマンドーに出てきたやつと一緒じゃね?」
「…一緒だよ。手榴弾だ」
「マジで!?」
「和也くん、お湯に潜って!」
「!」
ピンの外れた手榴弾をガバッと鷲掴みにした智は「剛速球爆弾!夜空に散れ!」思いっきり振り投げたそれは浴場の天窓を突き破り、見事に彼方の空中で爆発した。何とか無事でホッとした瞬間、ガタン!隣だ。
「誰だ!」
「ふざけんな!」
智、壁を越えてジャンプ!和也はハッとした。
「智!まんまで行くなよ★」
和也は慌てて脱衣所から回り込んで隣へ走った。

シュタッ!男湯と同様に無人の女湯のタイルに着地した智は、いきなり飛んできた手裏剣を避けて振り向いた。
「よお、機械野郎!遊ぼうぜ♪」
「はっ?!」
黒いレザースーツで武装した謎の少年が、不敵に智に笑いかけた。サングラスで顔を隠しているが、明らかに年下である。
「…キミ、熱くない?風呂場で、そんな通気性の悪い服」
汗ビッショリの形相に問いかける智に、ふと少年の笑みが消え「ほっとけ!」
「汗かいてるって事は人間だよね?人間を雇うなんてミートの奴ますますムカつく★」
「…は?何言ってんの、おまえ」
「え?だって僕の中身を知ってるって事はミートの手先なんでしょ?」
「ミートだかポークだか…んな奴知るか!」
とりゃ!とりゃ!と剣を投げつけながら智に迫る。壁際に追い詰められた智は、一瞬の隙を突いて少年の頭上を回転ジャンプで飛び越すと、次の瞬間には背後から首を捕らえて少年の動きを封じた。
「ミートの手先じゃないなら誰なんだよ!バカな事はやめろ!」
その時「智!大丈夫か!」
鍵のかかったドアの向こうから和也の声。
「来やがったな!あの野郎」と、少年。
「あー!ほら!やっぱり和也くんを狙ってるじゃんか!和也くん来ちゃダメーッ!」
「え?カズナリ?」
すると、ドカン!和也の方からドアを蹴り破って突進してきた。
「くらえ!変質者!」と、腰にタオルを巻いた和也が、延ばしてきたホースから熱湯を噴射した。
「アチチチチチ!」
まともにかぶって叫ぶ少年。
「サングラスを取って顔を見せろ!」
少年と共に濡れながらサングラスをもぎ取ろうとする智。
「死んでも見せるかぁッ!」
パワー強化グローブをした手で智を思いっきりフッ飛ばすと、ガシャーン!反対側の窓を突き破って外へ飛び出していった。そのまま追い掛けた智、深夜のシャンプーに来た朝美と渡り廊下でバッチリご対面する。
「キャアーッ!」
「あ、屋良さん!ゴメン!これには事情があって…」
「分かってるよ!大野くんが事情もなしに露出するわけない事ぐらい!でも手で隠すくらいしてよーッ!」と、真っ赤になって背を向ける。
すると慌てて追い掛けてきた和也が「屋良、ゴメン、ゴメン、忘れてた。見慣れちゃってるもんだから、俺」と、持ってきたもう1枚のタオルを智の腰に巻き付けた。
「よし、行くぞ!」
「うん!あ、屋良さん、危ないから部屋に戻ってて!」
朝美は放心状態で暫くポカンとした。

「あれ〜どこだ?」
愛用のローションが行方不明で見つからず、諦めた翔。
「!」
瞬間、殺気を感じた。肩の後ろに冷たい気配。
「誰だ?」
静かに問いかける翔。すると相手が言った。
「今回は邪魔が入った。…櫻井翔、おまえとの決着はいずれつける!」
謎の声は言い残し気配を消した。
「翔くん!」
腰タオル1枚の姿で部屋に飛び込んできた和也と智。
「翔くん、変な奴に襲われなかった?!」
「あァ、妙なガキに名指しで挨拶されたさ」
「じゃあ和也くんと櫻井くんを間違えたんだ」
「きっと財産を狙って翔くんを誘拐しようとしたんだよ!」
「でも子供に見えたんだけどなー。ちょっとドジだったし」
「そうそう、なんか天然だったよな」
と、裸のままやいのやいの騒ぐ2人を横目に、翔は謎の少年にどこか憶えがあるのを確信していた。今は思い出せないが、いずれ分かるだろう。
「翔くん、気をつけてね」
和也の声に我に返った翔は「ありがとよ。それより早く着ろって、おまえら」と、苦笑した。

翌日。最終日の業務にアルバイト生達は駆け回っていた。和也達の最後の持ち場はビーチだった。
「マーチン、何怒ってんの〜?」
ビーチの清掃で、溢れ返る海水浴客の間を特大ポリ袋と熊手を持って歩きながら、智は言った。黙々と砂浜のゴミを拾いながら智の前を歩くマーチンは、ムッツリしたまま智と口を聞こうとしない。無愛想は今に始まった事ではないけれど、それとは別に智に対して何か怒っているのが分かる。
「マーチンてば!僕に言いたい事言いなよ」
ようやく振り向いたマーチンは、今にも赤く光り出しそうな目で智を見ると。
「昨夜の騒ぎは聞いた。役目に徹した事にはとやかく言わないが、朝美にとんでもないモノを見せるな!」
「屋良さん?…あ、ゴメン。とても反省してます」
「それだけだっ」と、プイッと歩き出すマーチン。
智はキョトンとしつつも何か変な感じがして、ハッとして慌てて言った。
「マーチン!今のは屋良さんのために怒ったの?!」
「うるさい!」
「そーなんでしょ、マーチン!」
「あーッうるさい、うるさい!★」
そう言いながら智を無視して歩いていく姿が、どことなく照れ隠しに見えるのは気のせいだろうか…?
追いかけようとした智は、向こうで海パン姿の小さな子供を抱っこした和也に気付いて、そっちへ駆け寄っていった。
「和也くん、その子どうしたの?」
「あ、智。迷子なんだ。一緒に来てくれよ★」
「うん」

迷子アナウンスをして、親が迎えに来るまでの間、智と和也はビーチハウスのテラスの脇に座って一緒に待った。
「もうすぐママ来るからな、怖くないぞ。もう少し待ってような?」と、自分のユニフォームのTシャツの裾で、男の子の鼻水を拭ってやる和也。
和也の膝の上でコクンと頷く男の子。
「よし、良い子だ」
和也は子供の頭を撫でて、ふと智に言った。
「なんか、この子…小さい時の智みたい」と、笑って。
「えー?」
随分おかしな事を言うな…と、智は思った。“小さい時”なんてないのに。でも、何だか嬉しかった。
「んー?僕と似てる?」と、横から男の子を覗き込む智。
安心したのかスヤスヤ眠っている男の子。確かに丸いホッペが他人と思えなくて、智は思わずクスッと笑った。
「ホントだ」
「だろ?」
「ん…夏休み終わりだね、和也くん」
「あーあ…帰ったら宿題の残りが待ってる★」
そんな和也に智は笑って(和也くんが小さい時に抱っこしてみたかったな…僕も)
そんな事をボンヤリ思いながら、男の子の母親が慌てて走って来るのが見えるまで、和也と2人で晩夏の潮風に吹かれていた。

「さて帰ろうか、諸君!」
財閥御曹司というイメージからは想像しにくい見事な働きっぷりで心地良い疲労感に浸りながら、翔は言った。昨夜の事件の事もすっかり忘れている様子。汽車にゾロゾロと乗り込むアルバイト生達に混じって帰路についた。

翔を狙う謎の少年は果たして何者なのか?そして、また一つの新たな愛が始まるのか?とにかく秋は、すぐそこだった。

―END―



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