第8話・Easy Crazy Break Down

ウエストをベルトで縛ったシャープなデザインのロング丈の黒いコートに身を包んだ智が、シルバーで統一された冷たく無機質な廊下を一人で進んでいた。その目には黒いサングラスをかけており、普段の智には似つかわしくない黒ずくめの姿。迷路のように入り組んだ通路に張られた赤外線探知レーザーを避けながら、サイバースコープに神経を集中させる。
「!」
敵の気配。シュ!・・・智の背後から振られたサイバーナイフを、そのままの体勢で身を屈めて避けると、起き上がると同時に振り向き様の回し蹴りで、敵の急所に一撃。休む間もなく逆側から来るレーザービームを、目にも止まらぬ素早いバック転で避ける。回転する智の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には、ビームを放った敵の至近距離に迫り、チタン合金で武装した相手の首を、まるで片手で蛇口を捻るような速さでヘシ折り、息の根を止めた。
『OK。最終段階は30秒フラット。よし、全て合格だ、智。お疲れ様』と、雅紀の声がマイクで流れ、赤外線レーザーが消えて辺りは明るい室内に戻った。
智は息をついてサングラスを外し、ブースにいる雅紀を見上げて「お疲れ様でした」と、微笑んだ。
一気に緊張が抜けた和み顔に戻って。
ここは科学研究所のバイオニック専用の訓練システムルーム。智が身に着けている黒い服とサングラスは、わざと体の全感覚を鈍らせるために作られた特殊な訓練用スーツなのである。あらゆる危険の中で更に不利な状態でクリアしなければならない、最高レベルの訓練システムであった。定期的に行われているこれは、人間でいう健康診断、車で言えば車検のようなものである。
「俺の方が0,25早かった。俺の勝ちだな」と、智と同じスタイルに身を包んだマーチンが入ってきて言った。
順番で先に同じプログラムをクリアしたマーチンは、雅紀と共に智を見守っていたのである。皮肉な微笑みでサングラスを外したブルーアイが、マーチンよりタイムが遅かった事はたいして気にもしていない様子で振り向く智の顔を映した。長い髪を後ろで縛ったシャープな雰囲気のスーツ姿がスタイリッシュにマッチしていて、智より遥かに似合っているマーチン。
「はいはい、マーチン様には勝てませんよ。参りました」
「レベルDでの攻撃をためらう時間が長すぎたぞ。あと少し遅かったら、女のブラウスに隠した起爆スイッチがONになってた」
「ためらうよ。普通のOLの格好した刺客なんて」
「それを見抜くのが俺達だ」
厳しく言い切るマーチン。
「まぁまぁ2人共・・・」と、宇宙服のような白い防護服姿の雅紀が入ってきた。
「今日のレベルは45秒でクリアできれば充分なのに、2人共合格ラインを遥かに上回ってる。優秀だよ」
「当たり前だ」と、マーチン。
「そうだね。じゃ、2人共、バイオクリーナールームで消毒してきて」
「はい」
雅紀が防護服姿なのは、訓練の中で使われた有毒ガスが2人の体に付着しているからである。これを洗い流して今日の任務は全て終了する。
「・・・?」
クリーナールームに向かおうとした智は、ふと外来用ブースを見上げて、目を見開いた。
「和也くん?!」
立ち止まる智に、前を歩いていたマーチンが振り向く。智は途端にムッとした顔になって雅紀に振り返った。
「相葉さん!何で和也くんがここに?」
たまに智が雅紀に見せる、ダダをこねる子供のような表情になりながら。
「和也くんには見せたくないって言ったじゃないか!だから訓練は毎回平日にして欲しいって頼んでたのに・・・これじゃ何のために学校休んだか分かんない!」
さっきまでの息を呑む程の凛々しさはどこへやら、ウルウル目でふてくされた智は、訓練スペースから飛び出していった。
「雅紀、俺も聞いてないぞ?和也が来てるとは。ま、俺は別に見られる事は構わないが」と、マーチン。
「・・・ふぅ、やっぱりマズイよな。和也くん、一度どうしても見てみたいって」
雅紀は溜め息を吐いて言った。
「・・・」
マーチンは、ブースからボンヤリ見ている和也を一瞥し、それから智を追い掛けて自分もクリーナールームへ向かった。

ウィ−−−ン・・・。
クリーナールームのドアが開くなり、服を脱ぎ捨てる智。スーツの下は素肌。そのままブーツも蹴飛ばし素っ裸になると、智はクリーナーオイルの中にザブン!と飛び込んだ。訓練で負った傷跡もすでに再生して、滑らかな筋肉美を惜しげもなく晒しつつ。
「おい、智」
そこへ、後から入ってきたマーチン。同じように裸になって自分も液体の中に身を浸した。広いバスタブ状になっているプールの中で、智はマーチンを無視して、周りをバタバタと泳ぎ回っている。マーチンは、そんな智を暫く黙って見ていたが、構わず続けた。
「智、訓練を見られる事がそんなにイヤか?別にたいした事じゃない」
「そうだろうね、マーチンにはさ!でも僕はヤなの!あんな怖くて残酷な訓練!」と、ようやく水から顔を上げて、智は言い返した。
「和也がショックを受けると思うのか?今時のガキはあれくらいどうって事ないんじゃないのか?」
「でも見られたくなかった」
「だけど、おまえの現実だろ。隠すのも愛なのか?」
「そうじゃないけど!」
「けど?・・・何だ?」
「・・・」
智はザブッとプールから上がるとシャワーで全身を流して、クリーナールームを出た。

「智、遅いなー」
研究所の外で待ちながら、プーと膨らませたチューインガムをパチンと割って、和也は呟いた。
プシュー!
「わッ★」
和也が立っていた横の勝手口が開いて、白い煙幕のような煙と共に雅紀が出てきた。
「あ、ゴメンよ。浄化ガスなんだ。さっき新米研究員が空気実験に失敗してね。参るな、もう」
「あ、そう。ケホッ、ケホッ・・・智は?」
「待ってたのかい?あ〜、今はほっといたら?俺が和也くんの希望を優先したもんだから、スネて出てこないよ」
「何それ★」
和也は再び研究所の中へ戻った。

「誰とも話したくない時に俺達は便利だな。こんな場所まで簡単に上がって来られるから」
そう言って、マーチンは、智の隣に並んで腰を下ろした。研究所の高層ビルの屋上、そこから更に高い巨大な衛星アンテナの円盤の端の部分に、智はチョコンと腰掛けていた。生乾きのライトブラウンの短い髪を、強風に揺らしながら。マーチンは顔にかかる長い金髪をゴムで結い直した。
「さっきはマーチンに八つ当たりしたから謝るね。ごめんね」
智は言った。
マーチンは肩をすくめて「別に」と首を振って「感情爆発させたおまえを見るのは面白かった」
「そっか」
「あァ。おまえは誰よりも人間らしい」
「あれが人間らしい?ただのワガママだよ」と、智は苦笑しながら俯いた。
「相葉さんにも謝らなきゃ。僕と和也くんの板挟みで悩んでたと思うし。ホントは黙々と任務だけこなしてればいいのかな、僕って。…なんで博士はこんなふうに造ったんだろ、僕を。造り物の感情なんて邪魔になるだけだ」
「本気でそう思うなら、今すぐ改造手術を頼んだらどうだ?それはイヤなんだろう?」
「うん。イヤだ。あ…イヤというより怖い」
「恐怖だと?」
「うん。ただの機械になれたら楽だけど、その代わりに忘れちゃうよ、和也くんを」
「俺がイメージしきれないのは変か?」
「ううん」
「教えてくれ」
「怖いのにいいの?これに比べたら戦闘訓練や悪の陰謀が天国に思えてくる」
「構わない」
「自分より大切な人間ができれば自然に理解すると思うけど…今すぐ感じてみたいなら方法は一つだけ。じゃ…全部の機能を脳に集中させて」
智は、目を閉じたマーチンの額に、自分の額を押し当てた。
「・・・ッ!」
脳裏に白い光がスパークして、強烈な衝撃で息苦しくなり、マーチンは窒息しそうな痛みを感じて、智から体を離した。碧い目をカッと見開いて睨むように智を見つめて震えながら、マーチンは言った。
「何だ?これは・・・今まで感じた事がない。・・・体に力が入らない」
智は、うずくまるマーチンの肩を抱いて支えた。
「智、俺に何をしたんだ?」
「僕の恐怖感をマーチンの感覚にコピーした。実際のダメージはもっと凄いよ」
「まさか」
「ホントだよ」
「信じられない」
「これが僕達バイオニックの“欠陥”なんだよ。いくら完全無欠の肉体兵器を持ってたって、この感覚に支配されちゃったら、その時は役立たずのスクラップと何の変わりもない。苦しくて動けない・・・震えて力も出ない」
「ふざけるな!冗談じゃない!」
マーチンは智を突き飛ばした。
「マーチン」
「触るな!」
智の手を振り切って、マーチンはヨロヨロと立ち上がる。
「バイオニックの欠陥じゃない・・・それは貴様自身だ!俺は違う!一緒にするな、貴様なんかと」
マーチンは下に飛び降りた。
「・・・」
一度も振り返らず去っていくマーチンを見送って、智はアンテナの上でペターンと仰向けに寝そべった。
「あ〜あ・・・やっちゃった。何でマーチンと僕って、すぐこれなんだろ。また悩みが増えちゃった」
ため息をついて、智は呟いた。

『和也くん、粗茶ですが、どうぞ』
「ありがとうございます」
智を探して、広い研究所の中を適当に歩いていた和也は、ある部屋に入り込んでしまった。一見、宇宙船のコンピュータールームに見えなくもないけれど、れっきとした応接室で、接客ロボットのアッキーがお茶とお菓子で和也を持て成してくれているのだ。メタリックで寸胴型の容貌は、智のような人型マシーンとは程遠い完全なコンピューターロボットだが、アッキーが入れたお茶はとても美味しく、和也が和むのに時間は不要だった。
「智とマーチン、カッコ良かったよ。大変なのも分かったし。でも智は怒っちゃったみたいなんだ」
『怒りではありませんよ』
アッキーは微笑みモードで首を振った。
『おそらく智は心の準備ができていなかったので一時的パニックでアップアップしてしまったと思われます』
「そーかな?もうゴハン作ってくれないかもしんない」
『いいえ、作ってくれます』
ウィーンと寄ってきて“安心しなさい”と言うように和也の肩をポンポンと叩くアッキー。
「ありがと、アッキー。智はどこかな?」
『ただいま屋上から移動中です。そろそろ戻る頃だと思われますよ』

キキーッ!赤いスポーツカーが急ブレーキと共にストップし「おいーッ!早まるなー!」
翔はハイウェイの看板の上に座る人影に向かって叫んだ。
「あれ?・・あいつ」
よく見るとマーチンだという事に気付いた翔。
「マーチン、何してんの?下りて、こっち来いって」
翔に気付いたマーチンがストンと下りてきた。
「心臓止まり損なったぞ。何があったか知らないけど、とりあえず黄昏れたいならハイウェイの看板はやめとけ。ビックリするから」
マーチンを乗せて、翔は再びハンドルを握った。
「おまえの方こそ機嫌が悪そうだ」
マーチンは言った。
「あァ。今日の俺は走り出したら止まらない勢いでブルーな気分だぜ。今夜は相葉の部屋に泊めて貰いたくて突っ走ってたとこだ」
「なぜだ?」
「家にいたくないから緊急避難だ。父上が勝手に決めた許嫁を連れてくる」
「…それはまずいのか?」
「まずい!てゆーか俺的には世界の終わりだ!愛する人は自分で決めるのが俺の人生のテーマだ!」
「・・・」

智は廊下をテクテクと歩いていた。
と、その時『待ちやがれ!このヘタレ!』
ドカァーンッ!
壁を破壊しながら智の前に現れたかと思うと、有無を言わさず智の鳩尾に強烈ストレート。吹っ飛ばされた智は天井にブチ当たって床に転がった。
泣きそうな顔で相手を見上げ「いっ・・たぁ〜★何すんだよぉ!」
『立て!立つんだ、智!今のおまえを叩き直してやる!』
智に気合いを入れに来た、ファイティングスピリッツ満点のトレーニングロボット・カツンが、両手にはめたボクサーグローブをシュッシュッしながら言った。
「何だよ!僕が何したのさ?!」
『おまえは贅沢だぞ!科学界の神のような博士に造ってもらい、命懸けで守るべき家族もいて、挙げ句の果てに人間の恋人まで作りくさって、今やおまえは俺達ロボティックの憧れの存在だっちゅーのに、何をつまらんセンチメンタルに浸っとるんじゃーッ!』
繰り出されるカツンの強烈な連続パンチ。智は、やがてバタン!と倒れた。
シ〜ン・・・。
「返す言葉もありません・・・」
ヘロヘロで呟く智。するとカツンは、一転して優しい声になって言った。
『世界に蔓延る悪の陰謀に立ち向かう人間の手助けをするのが俺達の指命だ。智、おまえと俺は種類の違いはあっても同じ機械だ。だから智の気持ちは分かってる。愛する人を失う恐怖感なら誰もが知ってる。しかしな、人間達が挫けない限り、俺達が挫けるわけにはいかねーんだよ』
「・・・カツン」
ウルウルとカツンを見上げる智。
『今日の過酷な訓練を終えた達成感を胸に、堂々と帰れ。分かったらサッサと行きやがれ!』
カツンの大きな手が智を体ごと鷲掴みにすると、ブンッ!と投げた。

ドカーン!
「わッ!」
『何と!?』
応接室の壁を突き破って中に転がり落ちてきた智に、和也とアッキーは飛び上がった。
「智!何だよ、今度は何の訓練?!」
ボロボロのヘロヘロ状態の智に駆け寄り、抱き起こす和也。
『さては、カツンですね?全くあいつは乱暴なんだから★』と、プンプンしながら慌てて出て行くアッキー。
「智、しっかりしろよ」
「大丈夫。ちょっと喝を入れられちゃっただけだから。・・・今日は疲れた」と、ヘヘッと笑う智。
「智、訓練大変だったね」
「ん・・・見ててどうだった?」
「カッコ良かったよ」
「怖くなかった?」
「全然」
「それなら良かった・・・和也くんの顔見たらホッとしたよ」
「智・・・」
脱力する智を、和也は「よしよし」というふうに抱き締めた。

和也達が家に戻ると、雅紀の部屋では翔とマーチンによる未成年お断りの宴会が続いていた(ちなみにマーチンの登録年令は20才)
「翔くん、どうしたんだろ?何か今日は荒れてるなぁ」と、隣の部屋で智と2人でジュースを手にしながら、和也が言った。
「マーチン曰く家で何かあったらしいよ。そっとしといてあげよう」と、智。
「そう言えば、また喧嘩したんだろー、おまえら」
「でも機嫌直ってるから櫻井くんのおかげだね。マーチン片耳にピアスまで開けて帰ってきてる」
「翔くんと気が合うのかな?」
「うーん。とりあえず、お酒は気に入ったみたいだね」
「うん。・・・ねー、智、俺らもちょっとだけ」
すると途端、瞳をサイレンちっくに赤く点滅させて「ダメ!それだけは力ずくでも止めちゃうぞッ」
そんな智に、和也は笑って「ウソだよー♪」と舌を出した。

―END―



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