第5話・a Day in Our Life

「♪にっちにもさっちもどーにもブルドック〜・・・わおッ!?」
寝ぼけ眼で鼻歌を歌いながら、研究室からキッチンに降りてきた雅紀は、いきなりそこに立っていた智ではないバイオロイドに驚いて飛び上がった。
「あ・・・そうだった。昨夜完成したんだっけ。自分で修理しといて情けない」と、ヘナヘナとしゃがみ込む雅紀。
「あんたが俺の修理を?」
「あァ、そうだよ、マーチン」
気を取り直して頷く雅紀。
「・・マーチン?」
「キミの名前だ。和也くんが付けた。目の色が青いから横文字ネームにしようって。気に入らなければ自分で変えればいいよ」
「別にどうでも・・・名前なんて」
まだ調子が掴めないのか、マーチンは居心地悪そうに長い前髪をかき上げた。
すると玄関で♪ポンピーン。ドアを開けると、近所の顔見知りの児童達が「あ、相葉のお兄ちゃん、ニノくんとおーちゃんはぁ?」
「今日は二人でコンサートに行ってるんだ、桜庭くんの」
「え〜」
「ゴメンね、帰ったら言っとくよ」
「はーい。じゃーまた」
ドアを閉めると背後霊のように立っていたマーチンに再び飛び上がる雅紀。
「あのね、マーチン。もうキミは戦闘マシーンじゃないんだから気配なしで人のそばに来るのは止しなさい」
「なぜだ」
「ビックリすると人間は心臓がピクッとするんだよ」
「なぜだ」
「神様に聞け。それより俺も出かけるけど一緒に来るかい?」
白衣を脱ぎ捨て、ジャケットに着替える雅紀。
「外に出るのか?」
「あァ」
雅紀は自分のクローゼットから服を出してマーチンに着せた。マーチンはDrビーフの所にいた時の黒スーツのままだった。
「うん、似合うよ」
綿パンツにシャツを着て、長い髪を後ろで束ねてみると、智同様マーチンも人間の男の子だ。
「マーチン、もう過去のキミとは違う。でもね、ムリに人間らしくする必要もないからね」
「どういう意味だ?」
「キミはキミのままでいいって意味だよ」
雅紀はマーチンを連れて出かけた。

「はぁ〜桜庭さん、カッケーよぉ〜」
ライブ終了後の会場周辺の広場。小さく丸めたティッシュを鼻の穴に詰めた姿で、胸にサイン色紙を抱き締めて放心する和也。
「和也くん、鼻血止まった?」
「まだみたい。はぁ〜カッケー」
「そう?ちょっと相葉さんに電話するから待っててね」
鼻血などお構いナシの和也の横で、智は雅紀の携帯にかけた。ちなみに和也の鼻血は興奮によるもの。サイン色紙はライブのアンコールで桜庭が投げたのを智がハイジャンプでキャッチした物である。桜庭裕一郎ファンの和也のために、飛んできた色紙を頑張ってゲットしたのはよかったが、少々頑張り過ぎてアリーナ席からスタンドまでジャンプしてしまい、挙げ句の果てにドームの天井に当たって落ちてきた智は、ちょうど着地した場所にいた係員のお兄さんに怒られてしまった。でも謝ったら許してくれたので、色紙を手に無事に和也の所に戻ったら、すでに和也はヒートアップで鼻血ブーだった。しかしながらコンサートというものを初体験した智も、すっかり桜庭くん大好きになり「僕も血が流れてたら絶対ブーしてる」と、和也を見て思うのだった。
「あ、相葉さん?智です」
相変わらずウットリ状態の和也を横目に、智は携帯に呼びかけた。
「今コンサート終わって、まだ和也くんと会場前にいます。帰りはちょっと遅くなるんで、台所のお鍋におでんがありますから。温めるだけで食べられます」
『分かったよ、ありがと・・』
「相葉さん?どうかしたんですか?」
電話の雅紀の様子に気付いて尋ねる智。
「え?!」
「?」
ようやく平常に戻った和也は、ハの字眉毛で電話を切る智に振り向いて「智、相葉ちゃんどこにいるって?」
智はハーッと溜め息を吐いて「マーチンが迷子だって」
「は?」
「マーチン連れて科学研究所に行った後、デパートに寄ったら、はぐれちゃったって」

ピンポンパンポ〜ン♪
『城山町からおこしのマーチン様、相葉雅紀様が1階受付にてお待ちでございます。至急おこし下さいませ。マーチン様・・』
お姉さんのアナウンスに反応なし。雅紀は受付カウンターに頬杖をつきながらフゥ・・と息をつき「出てこない気だな、分かったよ。どうもすみません」と、受付お姉さんに断ってエスカレーターを上がった。
実はマーチンの居場所は手持ちの探知機で分かっていたのだが、雅紀には雅紀なりの考えがあっての事だった。
紳士服売場のトイレで探知機のアンテナがピコピコと反応し、雅紀は中を覗いた。鏡の前に難しい顔で立っているマーチンがいた。
「マーチン、どうした?人造人間のクセにフン詰まりかい?」
「何が詰まってるだと?意味不明だ!こっちは真剣に悩んでるんだ!」と、雅紀をキッと睨むマーチン。
「早速悩み事?俺で良ければ聞くけど?」
「フン、人間に相談しても・・・」
「やれやれ、随分ナーバスに出来ちゃったな。それじゃ、智に聞いてもらいなよ。何しろ世界でたった2体しかいないバイオロイド同士だもん。気が合うかもよ?」
「智だと?」
「憶えてるだろ?キミと死闘を繰り広げたじゃないか」
「あァ、忘れない。周りにタンポポが飛んでるような顔してるクセに腕は確かだった」
「家に戻ったら、そのタンポポくんを紹介するから。行こう」
「ところでここは何を目的とする場所なんだ?」と、トイレを振り返りながら尋ねるマーチンに、雅紀は答えた。
「健康的な快楽だよ」

「和也くん、待って・・・」
駅ビルの階段をピョンピョン上がっていく和也を、智は追いかけた。遥か頂上まで階段を上がると、最上階は広場になっていて、大きな噴水のオブジェの周りにはカップル達がいた。その向こうには夜景が広がる。階段を上り切った和也はハァーと息を吐きながら「キレー♪」と身を乗り出す。
「和也くん、危ないってば☆」と、和也を後ろから掴まえる智。
「何を今頃追いついてんだよ?マッハで走れるクセに」
和也は智に振り向いて笑った。
「フルスピードは緊急の時だけだもん。人間モードの時は和也くんより遅いもん」
「へェ〜切り替えてんの?知らなかったー」
いつもは疲れたら真っすぐ家に帰る子なのに、今日の和也はハイテンション。無理もないけど。智は和也の隣で一緒に夜景を眺めた。
「智、桜庭さん、カッケーだろ?」
「うん。カッコ良すぎて人間じゃないみたいだね」
「そうだな。おまえと桜庭さんを並べて、どっちがバイオロイドでしょう?てクイズ出したら皆外すよなー」
2人はケラケラと笑った。

イチャつくカップルを背に和也達が楽しい桜庭トークを弾ませている頃、帰ろうとしていた雅紀は再び足止めを食うハメに。
何気なく前を通りすぎたレストランの窓をチラッと見る雅紀。
「!?」
ズザザザーッ!とバックして窓に張り付いて目を見開く。
「マーチン!ちょっとコレ持っててくれ!」と、肩から下げていたケースをマーチンの首に引っ掛け「こらーッ!」
血相を変えてレストランに入っていく雅紀。
「桜井!」
窓際のテーブルに翔と潤子の2人が向き合って座っており、難しい顔で腕組みしている翔と、真っ赤に泣き腫らした目の潤子。
「おぅ、相葉」
「おぅじゃない!潤子を泣かして何をしてんだ!俺達の妹も同然なのに!」
「は?」と、ポカンとする翔。
「今までおまえがどこの女を泣かそうが俺は何も言わなかったけど、んもおぉぉ★◆@※♀♂!(怒)」
「ちょっ・・ちょっと待て、相葉!おまえ勘違いだよ!」

「あれ?」
和也の携帯に写メールが届いた。雅紀に翔に潤子、その後ろにマーチンも写っている。
「翔くんがおごってくれるって♪」2人はレストランに向かった。

「潤子ぉ、大丈夫か〜?」
外国人コントの付け鼻状態に腫れた鼻で泣いてる潤子に和也はティッシュを差し出した。
「俺もさっきまで鼻血出してたんだけど、それよりひでぇじゃん」
ささいな事で父親と大喧嘩になって殴られてしまったらしい。
「それを翔くんに聞いてもらってたのか。潤子のお父さん、色々と厳しいからなー」
幼なじみの和也はよく知っていた。
「潤子ちゃん泣かないで。僕が慰めてあげる♪」
「何抱き締めようとしてんだよ、智!おまえには成子がいるだろっ」
智の頭をペン☆と突っ込む和也。
すると向かいに座る翔が「え?!誰よ、それ。クラスの子?智!おまえ、めでたく“男”になったか♪」
「てゆーかクリスマスん時ベランダで何やってたんだよ、おまえら2人で!白状しろ、智!」
智のパーカーの襟を掴んで必死に揺さぶる和也。
智は泣きそうに「唇があたっただけだよ。服を脱いでする事なんかしてないよ。ホントだよー」
「それだけでもムカつくー!俺の先を越しやがってー!」
悔しそうに智をポカポカする和也を見て「和也くん、まだなんだ・・」と、泣き止む潤子は秘かに嬉しそう。
「相葉、それ何よ?」
さっきから脱力しきっている雅紀に、ふと問いかける翔。
「・・あ?」
ケースを膝に置いたままコーヒーを啜っていた雅紀はボンヤリ顔を上げる。
「これ?プルトニウムだよ」
「へー、プル・・プルトニウムだ?!」と、スザッと引く翔。
「こんなとこに持ってくんなよ!爆発すんじゃねーのかよ?!」
「爆発?」
智の背中に隠れる和也と潤子。
雅紀は呆れて「しないよ、爆発なんか」
「研究材料か?」
「あァ、これを研究所に取りに行ってたんだよ」
雅紀は取扱許可証を所持したれっきとした研究員なので心配はないと思うが、でもやはり危険物には違いない。
「相葉博士、俺が家まで運ぶよ」と、隅に座って一部始終を眺めていたマーチンが言った。
「俺に“博士”はやめてよ〜」と苦笑する雅紀。
「じゃ、先に帰るよ」
立ち上がるマーチン。
「待ってよ、マーチン。一緒に帰ろ」と、マーチンの袖を掴んだのは和也。
「・・・」
黙ったままのマーチンに、智が言った。
「も〜、そんな怖い顔で睨まないでよ。普通にしてたら割りとカッコイイのに勿体ないよ」
「・・・本当は俺を恐れて厄介者扱いしてるのは分かってる。俺がいない方が人間は平和になれる」と、和也の手を振り払った。
すると智がプンと頬を膨らませた。
「マーチンのヘソ曲がり!この人達がそんなの思ってるわけないだろ!バカ!」
「バカだと?!貴様もう一度言え!」
「バカバカバカァーッ!何回も言っちゃう!同種としてムカつくもん!」
「貴様こそバイオロイドの風上にも置けない!」
「まーまーまー落ち着けよ、2人とも。目ェ光ってるぞ」と、白熱する二人を引き離す翔。
「ゴメン、つい反応しちゃった☆」と、慌てて顔を元に戻す智。
「ほら、マーチンも」
「おまえらが暴れたら建物ごとブッ壊れちまうだろ」
「そーだよー」
「・・・」
ストン・・と再び腰を落とすマーチンに、潤子が言った。
「ごめんなさい。元々私のせいです」
また涙目になる潤子に振り向き、マーチンはジッと覗き込んで「キミはさっきから目をどうしたんだ?」
潤子は大きな瞳をパチクリさせた。
「?」
「オイルか何かが漏れてるのか?」
すると和也が言った。
「オイルじゃないよ、マーチン。それは涙って呼ぶんだよ」
「ナミダ?おまえも出るのか?」
和也は頷いて「人間は皆出るよ。俺は博士が死んだ時にいっぱい出た」と、少し恥ずかしそうに笑った。
「俺のデータにはない・・」と、そんなマーチンに智が「僕にもないよ」と、少し淋しそうに言った。
「人間のものだよ」
「こればっかりは神様が作ったものだからね、科学もかなわないのさ」と、雅紀。
マーチンは眉を寄せて「また神と言ったな。あんたは科学者だろ?変な奴だ」
「うーん、そうかなー」と天然ぽく頭をかく雅紀。
「とにかく智、マーチンは第一日目に色々ありすぎて頭がこんがらがっちゃって悩んでるみたいだから相談にのってあげてね」
「えー、相葉さん、僕が?」と、ハの字眉になる智。
「おまえが適役だ、智♪」
「和也くん、からかわないでよ・・・」
「やはり先に帰ってる」
と、マーチンは席を立った。
「マーチン」
「心配するな。ちゃんと家に戻るから」
「ホント?あの基地に戻ったりしない?」
マーチンの背中に、和也が言った。
「・・・」
マーチンは静かに振り向いて、唇の端を微かに上げた。それはマーチンの初めての優しい微笑みに見えた。
「心配するなと言ったろ?和也の家に帰るから」
「・・うん♪」
和也は微笑み返した。
「和也くん・・・優しい子だ」と、涙は出なくてもウルウル攻撃(?)は得意な智が和也を抱き締める。
「もー、どこでも抱きつくなってば、おまえは☆」
その時だった。
「全員動くな!」
キャアー!
突然、ライフルを持った覆面男が店内に現れ、ウエイトレスを人質にして叫ぶ。
「全員床に伏せろ!金庫の金と一緒におまえらの財布も頂く!」
恐怖のあまり速攻で床にうずくまる客達の中、席に座ったまま動かない和也達に気づいた強盗は、雅紀のケースに目をつけると銃口を向けて言った。
「そのケースをよこせ」
雅紀は強盗に対する恐怖ではなく、別の意味の最悪の事態を想像して冷や汗を垂らしながら言い返した。
「断る!財布なら渡すが、これだけは断固として断る!」
「何だと?撃つぞ!」
すると翔が言った。
「お宅さ・・悪い事言わねーから銃下ろせって。そのケースに引火したら全員あの世だっつーの!」と、語尾はキレ気味。
すると今度は潤子が「あの〜ホントに盗るのは財布だけにした方がいいと思います」と、強盗に怯えながら言った。
「ドームも吹っ飛んじゃう・・」と、和也が呟く。
「なッ・・何なんだ、おまえら!」と、慌て出す強盗の肩を後ろからポンポンと叩く手。
マーチンだった。振り向く強盗にマーチンは言った。
「おまえに警告する。彼らの助言に耳を貸さないとエライことになるぞ」と、スッと手を伸ばし「銃を渡せ」と強盗に歩み寄った。
「!」
パンッ!強盗の銃がマーチンに向かって火を吹いた。カン!と短い金属音を立てて跳ね返った銃弾が店の天井を貫く。
倒れもしないマーチンに強盗があたふたする。
「マーチン!」と、いつの間にか強盗のそばに立っていた智がライフルの細長い銃口を片手で掴んだかと思うと、そのまま捻るようにグニャッと折り曲げた。
「・・・」
強盗はバタンと倒れて気絶してしまった。
「大丈夫ですかー?今からでも遅くないから真人間になって下さいね」と、智は覆面男を抱き起こし、使い物にならなくなった凶器と一緒に、駆け付けた警官に渡した。
智はマーチンに振り返って「大丈夫?」
「何ともない」
シャツをはだけると弾が当たった胸元は外皮に軽く跡がついているだけだった。これもすぐに再生して元通りになる。
智は自分より背の高いマーチンの顔を見上げて、ホッ・・としたような柔らかい微笑みで言った。
「よかった。マーチンが強盗を再起不能にしちゃうかと思ったよ」
「・・いつまでも殺傷マシーン扱いするな。軽く叩こうと思う前に気絶した。そんな小心者がよくこんな事をする気になったものだ。・・人間は変だな。何を考えてるんだ」
「それを知るために人間と暮らしてるんだよ、僕は」と、ニコッ。
そんな智に、マーチンは“お手上げ”というような脱力した顔で「このタンポポ野郎・・」と呟いて、クルッと背を向けた。
「先に帰って部屋を温めておく」と、背を向けたままで和也達に手をヒラヒラさせてマーチンは帰っていった。
「同じバイオニックでもキャラ違いすぎだね、おまえら」と、ボーッと立っている智の肩に顎を乗っけて、和也はマーチンの後ろ姿を一緒に見送った。

「マーチン、そんな所にいないで中に入りなよ」
夜。屋根の上に一人で座って月を眺めていたマーチン。庭からジャンプして上がってきた智は、マーチンの顔を覗き込んだ。
「人間界がイヤになった?」
マーチンは目だけを動かして智を見ると「別に。泣いたり喚いたり訳分からないが、ここも悪くない」
「そっか♪…相葉さんに言われたからじゃないんだけどさ、なんかマーチンてほっとけない感じ」
「それはこっちの台詞だ。貴様を見て不安にならない和也は鋼の肝を持ってるんだな。これから何かするのか?」
「風呂に入ろう。ここには基地にあるような味気ないバイオクリーナーなんてないからね。外皮の汚れを落とすのも人間と同じ方法でやるんだよ。入り方、教える。覚えたら気持ちイイよ♪」
「……」
やれやれ、というふうに立ち上がり、智に手を引かれながら、マーチンは家の中に入った。

―END―

■プルトニウムについて:この物語は説明にあるように完全な創作であり、実際にプルトニウムが文中のような方法で普通に持ち運ばれる事はありません。取扱いや貯蔵も、専門家によって厳重に行われています。



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