第2話・君のために僕がいる

「和也くん」
「……」
「ねぇ和也くん」
「……」
夜の食卓で箸を手に宙を見つめてボォ―――ッとしたままの和也。
「和也くんてば、どうしたの?」
智は、そんな和也の目の前で手をヒラヒラしたり、指をパチパチ鳴らしたり、顔を近付けて眼をピコピコ赤く点滅させたり、電磁波を起こして近くにあった金物を体にくっつけて踊ってみたが、和也は終始心ここにあらずだった。
「…ご馳走さま」
ポツリと言って立ち上がる和也。
「和也くん、美味しくなかった?」
「違うよ。ちょっと食欲ないんだ。ごめんな。もう寝るよ」
「和也くん…」
シュルルルルル〜……電磁波ダウン。グワッシャン!ガシャン!と、体からフライパンや鍋やスプーンを床に落としながら、智は眉毛をハの字にする。
「健康な和也くんが食欲ないなんて、きっと心の問題なんだ。相葉さんに相談してみよう」

研究室。
「相葉さん、夜のコーヒーです…」
「喜多川博士ぇ〜!」
博士の遺影を抱き締めて絶叫している雅紀。「教えて下さい、博士!この偉大な研究室を僕に託されたわけを!本当に僕は、あなたの後継者にふさわしいんですかぁぁぁ〜…(エコー)」
「……」
智は、そっとコーヒーを置いてドアを閉めて出ていった。
「相葉さんは和也くんより深刻みたいだからよそう」

翌日。カ〜ンコ〜ン、キ〜ンカ〜ン。学校の昼休み。
「よかったぁー、和也くんが元気になってー♪」
一緒に廊下を歩きながら、和也にガバッと抱きつく嬉しそうな智。朝になったら和也はいつもと変わらなかった。
「あーもー分かったからジャレるなよ、おまえはっ」
その時。
「二宮くん、大野くん」
美しい微笑みと香水の香りが二人の前に。英語教師のピカ子先生だった。才色兼備で優しい先生である。
「!」
彼女を見た途端に密かに硬直する和也。
智の方は「あ、ピカ子先生、こんにちは♪」
「明日の小テスト頑張ってね」
「はい。ピカ子先生、もうすぐ結婚式ですね♪」
「行くぞ、智!」
ガバッ!智を羽交い締めにしながら和也は逃げるように立ち去った。
「和也くん、どうしたの?」
「いいから売店行くぞ、ほら!」
「和也くん、そんなにギューッとしないで…あ、そこはダメ」
「変な声出すな!てゆーか機械のクセに感じるな!」

「和也くん鈍すぎるの。ピカ子先生のこと好きなの自覚してなくて、先生が結婚する事になってから、ずーっと変な感じでしょ?」
学校帰りの街角のベンチ。智の横に腰掛けて、潤子はムスッとしながら言った。
「そういうの智くん分かる?」
智はウーンと眉を下げながら「分かるよ。和也くん失恋しちゃったんだね。博士の事から立ち直ったばっかりなのに」
「智くんが泣かなくても」
「泣いてないよ。こういう顔に造られたの」
「智くんのその顔は博士の趣味なのかしら?」
「和む顔にしたんだって。相葉さんが教えてくれた。でも相葉さんも今大変なんだ。思考読み取り機が失敗して落ち込んでるから」
「だから私に和也くんのこと相談したの?」
「潤子ちゃん、和也くんと仲良いから」
スーパーバイオニックにも乙女心の理解力まではプログラムされてないようだ。
「智くんたら何も分かってないのね」
「?」
キョトンとする智に、膨れていた潤子はクスッと笑った。
「和也くんは失恋なんかでダメにならないわ。落ち込みはしても立ち直る」
「そっか」
「そうよ。行きましょ」
「うん♪」

夜。
「智、何してる?」
遅くに居間の明かりがついていたので、水を飲みに下りてきた和也が覗くと、智が何か縫い物をしていた。声をかけた和也に顔を上げると、智はパッと微笑んで、出来上がった洋服を広げて和也に見せた。
「和也くん、どう?結婚式に着ていくスーツだよ」
「はぁ?おまえ縫ったの?!」
「うん♪」
「スーツとか縫うかよ?普通」
和也は呆れた。
「だって和也くん、良い洋服買っても着ないでしょー?」
「……」
「気に入らない?」
「そうじゃないけど…」
「先生の結婚式に出るんだからオシャレしなきゃ。こっち来て」
鏡の前に和也を引っ張る。
「ほら、カッコイイ♪」
和也の肩越しに、鏡を覗き込んで微笑む智。
「おまえのは?」と、和也は智に振り向いた。
「余った布で別の作ったよ」
「おまえも着てみろよ」
そして数分後。
「おまえも少しは垢抜けろよなー。俺のために造られたマシーンだか何だか知らないけどさ」
「だって人工物だもん、僕」
「いいから、ほらっ」
ブラシとムースを持ち出して智の髪で遊ぶ和也。
「…和也くん、ピカ子先生の事ずっと好きだったの?」
髪をいじられながら不意に尋ねた智に、和也は一瞬止まったが、すぐにクスッと笑って「ずっと好きだったよ。智と会う、ずーっと前から」
少し意地悪く言ってみた。
「大人だったらピカ子先生のお婿さんに和也くんがなりたかった?」
「…おまえストレートだね。まさか。そういうんじゃないけどさ」
「ふーん。人間の愛には種類があるけど恋にもあるんだね」
「恋愛プログラムはされてねーのかよ」と、和也は笑って智のこめかみを突いた。
「でーきたっ。…智って俺の事ばっか構ってるけど少しは自分の事も気にしたら?おまえ結構モテてるの知らないだろ。学校の女子とかにさ♪」
「和也くん、それは僕が人間じゃないから珍しいだけだよ」と、鏡越しに笑う。
「智…」
和也はブラシを置いた。
「智、人間になりたい?」
「和也くん?」
少し淋しそうな和也を、智はそっと覗き込んだ。
「答えろよ。人間になりたかった?」
「人間は大好きだよ。だけど」
「だけど?」
「人間に生まれてたら、こうして和也くんに会えなかったかもしれないから、機械で良かったかも♪」
「智…」
「人間は自分のために生きるでしょー?でも僕は和也くんのためだから、これで嬉しいし幸せ。でも和也くんは僕の何倍も幸せになるよ♪」
「…あーッもーッ聞いてらんなーい!サムーイ!」と、わざと大きなリアクションで、和也は智にプロレス技。
なすがままに掛けられる智。
「和也くん寒いの?ヒーターつける?」と、天然で尋ねつつ。
「おまえの今のセリフがハズイって意味だ!てゆーか少しは痛がれ!」
「いたぁ〜い。和也くん、そこはダメ…」
「だから変な声出すなっつーの!」
そうやってバタバタとふざけ合った。
本当は智をギューッと抱き締めたかったけど、照れくさいし、何か悔しいし、だから心とは逆の事を喚きながら、わざとふざけっこをした。智は智で和也が元気なら全てOKなのだった。

昨夜のふざけっこでシワくちゃになってしまったスーツにアイロンがけして支度をした。
「相葉ちゃーん遅れるよ」
ネクタイに手間取っている雅紀をせかす和也。
「ほら、髪もセットしなきゃ。相葉ちゃんはピカ子先生に教えてもらった卒業生で1番の秀才なんだから、そんなボサボサで出席しちゃダメじゃん」
和也は、ようやく落ち込みから立ち直りつつある雅紀を励ました。
「和也くん…キミは優しいね」
「あーほら泣かない泣かない。早くしないと翔くん迎えに来るから」
数分後。ブッブー♪メンズノンノから飛び出してきたようにキメまくった翔がいつもの愛車でやってきた。
「おはよう諸君。さぁ、我らが美貌の恩師のウェディングにGOだぜ♪」
ちなみに雅紀のクラスメイトだった翔は、気弱なガリ勉くんだった雅紀をシリ目に先生にちょっかいばかり出していた。
車に3人を乗せて会場のホテルへ。
「翔くんなら先生追いかけなくてもモテモテなのにねー」
「分かってないね、俺の美学を。愛されるより愛したいのさ」
結婚式会場は都内の豪華なホテル。和也達が到着すると生徒の皆が集まっていた。
「和也く〜ん頑張ってね!ピカ子先生のために歌を作ったんだもんね」
なぜか目をウルウルモードにして和也を励ます智。
翔と雅紀は「何それ?」
「和也くん、ピカ子先生にギターで歌を歌うんですよ。コーラス部の堂珍くんと川畑くんに協力してもらって毎日練習してたんです。和也くん、しっかりね♪」

ピンスポットの中にギターの和也。カチンコチンなのが智にも伝わってきた。
(和也くん、ファイトー!)
翔や雅紀や潤子と一緒のテーブルで見守りながらドキドキする智。その時。ブチン!披露宴会場の明かりが落ちて真っ暗に。
「?!……皆さん落ち着いて下さい!停電のようです」
司会役のクラス委員の滝沢くんの声がした。これではマイクも使えなくて歌えない。
「相葉さん、5分以内に何とかするから明かりが点くまで待つように皆さんに伝えて下さい」と、智は立ち上がった。
「いいけどキミは何をするんだ?」
「心配しないで。和也くんに歌わせてあげたいの。ピカ子先生のために歌うんだから!」
「智……」
すでに智の姿は会場から消えていた。

智はパニック状態になっているロビーを走り抜けた。やってきたのはエレベーターホール。停止して閉じ込められている人達を救助するレンジャー部隊が奮闘していたドアを、手で簡単にこじ開けると「ちょっと失礼」と、迷わず中へ飛び込む智。ちなみに、ここは地上50階である。
「大変だぁー!少年が飛び込んだぞぉーッ!」
智の頭上でレンジャー隊員の叫び声。
「いーえ、僕なら大丈夫です。上で止まってる人達を早く助けて下さいねー!」と、落下しながら智は言った。
下に近付くと、智の体は空中でクルリとターンして着地する。そこから地下の電源室へと走った。
「誰がこんなこと…」
主電源装置は、明らかに何者かによって破壊されていた。ショートする前に応急処置をしなければ大惨事になりかねない。智は装置のボディプレートをもぎ取って中のコードを引き抜いた。コードの端と端を片手ずつに握る。瞬間。白い光がスパークして、智の全身を包むように電流が走る。人間ならば完全に即死のレベル。智の着ていたスーツだけは焼け焦げて跡形もなくなったが、やがて全ての機能が正常に回復した。

披露宴会場に明かりが戻ると、和也はハッとした。ウェディングドレスのピカ子先生が、和也に微笑みかけた。
「皆さん、お騒がせしました。では二宮くん、どうぞ」と、滝沢くん。
和也は静かに会場を見渡し、そして再びピカ子先生を見つめて、微笑み返した。
「…Mr.ロシナンテ、ピカ子先生を幸せにして下さいね」
そして、和也は歌った。

「和也くん…良かったぁ」
放電の余波が残る地下室、素っ裸だが安心した微笑みで脱力する智がいた。
「さて、会場に戻りたいけど、どうしようかな」
何しろ生まれたままの姿である。とりあえず体に巻ける物はないかとキョロキョロする。
その時……『見事だ、SB‐1126型』
機械の声が智を呼んだ。
「?!」
『キミの腕を拝見させて貰ったよ』
男の声。ビルのコンピューターに侵入して智にしか聞こえない電波で話しかけている。
「誰?」
智は辺りを見回した。
『おまえは喜多川博士による最終兵器SB‐1126型』
そこで智は初めてムッとした顔で、姿の見えない相手に答えた。
「僕は兵器じゃない。誰だか知らないけど悪戯はやめてよ。エレベーターに閉じ込められた人達、怖がってたじゃないか!」
『私達に協力する気はないかね?』
不気味な笑いを含んで智に問いかける声。
「私達って誰のこと?」
『この全世界をバイオニックが征服するのだ』
「せーふく?」
『その通り。キミの力で世の人間達を支配してみないか?』
「ヤです」
新聞の勧誘を軽く断るような智の口調に、相手は暫し沈黙。
『……何だと?』
「イ、ヤ、で、す。あなた、おバカさんですか?人間より強くて偉いものなんか世界に存在しませんよ?僕、担任の先生の結婚式をお祝いに来てるんです。では、さよなら」と、アッサリ背を向けて立ち去る智。
「あ、ちなみに僕は城山学園高校2年A組の大野智です。僕を製造記号で呼んでも構わないけど、人間に悪さするなら許さないからね」と加えて、サッサと戻っていった。
『………フッフッフッフッフッ、さすが喜多川の魂の結晶だ。予想通りに手強い』
《あのーお言葉ですが大ハズレじゃないですか、ボス。笑いが引きつってますよ?》
一部始終を聞いていた別の声が言った。
『やかましい!』

想いが吹っ切れた和也。歌った後、智を捜しに式を抜け出し、裸で戻ってきた智を見付けて大慌てで着替えの制服を着せて、何とか新郎新婦の見送りに間に合った。

皆で打ち上げの後、和也と智、翔に雅紀に潤子で帰路についた。
「ピカ子先生、綺麗だったわね」
和也の横を歩く潤子が言った。
「うん」
「でも私も負けないからね、和也くん」
「え?」
「何でもない」
月の明かりで坂道に浮かぶ和也と潤子のシルエット。ホロ酔いで車を預けてきた翔に、打ち上げのダンスパーティの余韻でふざけながら智がジャレている。その前には引き出物を抱えた雅紀が歩いている。和也はボンヤリ智を見つめた。
「“負けない”か……あいつに何か起こったら、俺も…」
「え?」
キョトンとする潤子。
今度は和也が「何でもねーよ」と、潤子に優しく微笑んだ。

―END―



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