第13話・タイムマシーン

「和也くーん、宿題もやらずに何してんのっ」
雅紀の研究室で遊んでいる和也を呼びに来た智が、ドアから顔を出した。
「あ、智。来てみ来てみ。タイムマシーンだぞ♪」
「タイムマシーン?」
「後で宿題ちゃんとやるって。ほら、早くっ」
下がり眉になる智の手を引っ張る和也。
「まだ試作品だって言ってたけど、相葉ちゃんが作ったんだ」
研究室の片隅にドスンと置かれた透明の箱。
「何これ。電話ボックス改造したの?」
「うん。取り壊しになったの譲って貰ったんだって。最初は粗大ゴミ置き場にあった冷蔵庫を使おうとしてたらしいんだけど、やっぱり子供が真似したら危ないからってスケスケボックスに…」
「どこの子供が真似するのさ…あっ、和也くん、ちょっと!」
ドアを開けて中に入ってみようとする和也を慌てて引っ張り戻す智。
「何やってんの!」
「やってみたい」
「ダメ。絶対ダメ。だいたい試作品なんでしょ?相葉さんも相葉さんだよ…“未来は自分で作るもの”って喜多川博士の遺言忘れちゃったのかな」
「だから出た後は使用中の記憶が消えるようになってるって言ってたよ」
「ホント〜?」
「うん。だから…」
「ダーメだって!危ないから」
この時ばかりは力ずくで和也を押さえる智。
「分かった。こうしよう。僕が入ってみるから、それで何ともなかったら和也くん入って良いよ」
「おーし♪」
「いい?少しでも人体に影響ありそうだったら死んでも入れないからねっ。和也くんに何かあったら僕は…」
「わーかったよ、うっさいな。早く入れって」
何気に心配性な智をドン★と押して中に入れる。
「…何にも起こらないよ?」
「じゃ入っていい?♪」
「てゆーかタイムマシーンなんてあるわけないよー、和也くん。相葉さんの一ヶ月遅れのエイプリルフールなんじゃないのー?」
ガラスケースの中でニャハハハーとのん気に笑う智。
「うーん、そっかな。一ヶ月遅れってか一ヶ月間違いだったりして。相葉ちゃんてたまに大ボケだし…」
そう言いながら、ケースの外にいる和也が何気なく手を添えた機械のボタン。それがピカッと光った瞬間、ボックスの中の放電と共に、智の姿が消えた。
「…智?…え?え?」
再度ピコピコとボタンを押してみるが、智は戻って来ない。サー…と血の気が引く和也。
「……え〜〜〜〜〜ッ!」

「……」
ショックで一瞬止まった機能を再起動して、智はパチッと目を開いた。
「あいたた…★」
打った後頭部を摩りながら周りを見ると、電話ボックスの中で倒れていた。
「あれ?」
しかし雅紀の研究室ではなく、ここは閑静な住宅街の角だった。顔を上げると、キョトンとした何個もの目と視線が合う。近所の小学校低学年らしき子供達が、ガラス越しに智を覗き込んでいた。
「ねぇ、ボク達…」と、起き上がって尋ねようとすると。
「わー!喋った!生きてる!」
子供達は一斉に走り去っていった。どうやら電話ボックスに死体が!…とでも思っていたらしい。
「そりゃ喋るって」
ハの字眉毛になって、智はノロノロと外へ出た。キョロキョロ見回してみると、見覚えのある街並み。
「…城山町?」
そう、家の近所である。
「なーんだ。…でも何でこんな所まで飛んで来ちゃったんだろ」
ポリポリと頭をかきながら、何か腑に落ちないまま、智は家に戻った。
「ただいま…?」
ガチャッ!智が入ろうとした玄関のドアが数センチ開き、中からギョロッと覗く大きな目。智は思わず後ずさった。驚いたのは、それが死んだ筈の喜多川博士だったからだ。
「You誰?」
「はい?」
「いつもの子と交代したのかね?」
「あの…」
「入りたまえ!」
「あの〜…」
有無を言わさず中に引っ張り込まれる智。
「急なんだが数時間だけ留守を頼まれてくれるかね。急いで研究所に向かわねばならんのだ」
「あの、博士!僕、智なんですけど…」
「サトシか。実に良い名前だ。しかし私は決断を迫られている!まず部下の欠員を何とかせねば…やはり彼にはプレッシャーが大き過ぎたのか…」
意味不明にブツブツ呟く喜多川博士を、ポカンと突っ立ったまま見つめる智。すると、バタンと部屋のドアが開き、別室で控えていた助手らしき男が博士に叫んだ。
「博士!東山研究員が『俺はベストガイになることに決めた』そうです!」
「何だと?!やはり睨んだ通りだ…行くぞ!」
「はい、博士!」
博士は、一目散に出て行った。一人、取り残された智。
「……」
すると、息つく間もなく玄関のチャイムが鳴り、智は急いでドアを開けた。
「こんにちはー!遅れてすみませんでした!生田ですけど…」と、おさげ髪の爽やかな雰囲気の女子高生が挨拶する。
「あの…失礼だけどキミは?」智は尋ねた。
「アルバイトでベビーシッターをしてる生田斗子ですけど…あなたは誰?喜多川博士は?」
「あ…えっと…僕は博士の甥っ子で大野智と言いまして…博士は出かけちゃいまして」
どうしていいか分からずにいると、二階の部屋から赤ん坊の泣き声がした。
「大変。和也ちゃんだわ」
そう言って、慣れた様子で二階に駆け上がる斗子。智は慌てて追いかけた。
「カズナリちゃん?あの…カズナリって言った?」
「そうよ。博士が引き取って育ててらっしゃるの。甥っ子さんなら御存知でしょ?」
「あっ、はいっ、もちろん。でもキミの事は…」
「こうやって忙しい時はベビーシッターを頼んでるんですって。今日は特に緊急らしくて、私もついさっき電話を頂いたんです」
「そうですか…」
斗子について行った子供部屋。足を踏み込んで、智は見た途端、動けなかった。ベビーベッドの上の可愛らしい男の赤ん坊。テキパキとその子のオシメを替えている斗子の傍らで暫くボンヤリした後、智は慌てて部屋の中を見回した。壁にかかったカレンダーが目に止まると、智は駆け寄って凝視した。日付は、17年前の今日だった。
「やっぱり相葉さんて……凄い」呆然と呟く智。
「何か言いました?」
和也を抱っこした斗子が、キョトンと智に尋ねる。
「あ、ううん、何でも」
今度はお腹が空いて泣き出す赤ん坊の和也。
「あー、はいはい、よしよし。今、ミルクあげるからね。すみませんけど抱いててくれます?」
そう言って智に和也を差し出す斗子。智は一瞬面食らいながらも、そっと受け取った和也を腕に抱いた。すると、ピタリと泣き止む和也。心地良さそうに智の胸に寄り添って、笑みまで浮かべている。
「あら、和也ちゃん、あなただと安心するみたいね」
斗子も驚いたように笑った。
(僕の地盤が気持ち良いのかな?)と、智は思った。
「…?」
智は、ふと窓の方に振り返った。不思議に思った斗子もそっちに振り向いたが、窓の外は景色が見えるだけだ。
「どうしたの?」
「この子をお願い。窓から離れてて…」と、赤ん坊を斗子に渡し、智は窓の方に近寄った。
「…智さん?」
突然。ガシャーン!粉々に割れるガラス。そして窓から謎の侵入者が飛び込んで来た。
「キャアーッ!」
悲鳴を上げた斗子が、和也を抱きかかえて部屋の隅に逃げた。
「!」
智の倍はありそうなガッシリした体格の黒覆面の盗賊。智を見ると素早く銃を構えるが、智の回し蹴りの方が速かった。あっという間に賊の手から銃が弾き飛ばされ、懐に一撃を食らう。しかし賊もプロらしく、怯む事無く軽々と智を投げ飛ばす。智は壁に叩き付けられたが一瞬で身を返し、相手の足元に滑り込んで足首を引っ掛け床に引き倒した。しぶとく立ち上がった盗賊の首を、キックした智の足が壁に押さえ付ける。振り上げた片足の裏でギュッと動きを封じると、相手は苦しそうにもがいた。しかし力を込めた智を相手に、人間の賊は動けなくなった。智は容赦なく睨みつけながら言った。
「ここに何しに来た!何者だよ!?」
「このガキ…テメーこそ何だ!今の時間は赤ん坊と小娘しかいねぇ筈が…」
「何?」
「うッ!」更にギュッと締め付けられ、うめく賊。
「目的は何だ?言わないとどうなるか知りたいか?!」
「た、頼まれただけだ!開発中のチップを盗んで来るように…もし見当たらねぇ場合は赤ん坊をさらえって…」
「何だと?!」
その時、別室に逃げた斗子の悲鳴が。智は再びキッと睨む。
「仲間がいるのか?!」
不敵に笑う賊の首から離した足でそのまま勢い良く急所を一撃し、ついに床にノビた賊を残して斗子の元へ急いだ。そこの窓から連れ去れた赤ん坊は消えており、一人倒れていた斗子を抱き起こす智。
「斗子さん、ケガは?!」
「大丈夫…でも和也ちゃんが」と、泣いている斗子。
「しっかりするんだ。すぐに警察を呼んで」
「分かったわ」
「それからミルク忘れないでね」
智は外へ飛び出した。赤ん坊を乗せた車をフルスピードで追う。
「こらー!ドロボー!誘拐犯ー!」
「なッ、何だァ?!あのガキ!」
「その子を返せーッ!」
既にハイウェイに入っていたが、バックミラーに写ったかと思うと次の瞬間には運転席の横に並び、窓越しに叫びながら走る智に驚く窃盗団。
「このバケモノが!」
開いた窓から突き出された銃口が智を狙い、凄まじい銃弾が浴びせられた。が、その体に当たってもカンカン音を立てて跳ね返る鉛の弾に、窃盗団は完全に焦り出した。その開いた窓を利用して素早く飛び込んで来た智が、後部座席で泣いていた赤ん坊を見付けるのと、賊が振り切ろうとしてタイミング悪く切ったハンドルのせいで車がガードレールを飛び越えたのが、ほぼ同時であった。そして、智の顔が見えて泣き止んだ赤ん坊が、無邪気な笑顔に変わった瞬間。ドッカァーン……!車は、対向車線の地面にワンバウンドし、フェンスを飛び越え、ハイウェイの下に広がる吸い込まれるような高さのダムへ、一直線に落下した。
「あー―――――――――ッ!」
窃盗団も、智も、赤ん坊だけは嬉しそうに笑っていたが、皆が叫んだ。落ちながらダムの壁面にぶつかり大破する車。方々へ投げ飛ばされる体。とっくに失神して水面へ吸い込まれていく窃盗団達の間から見える、宙を舞う小さな体。
「和也くーん!」
赤ん坊との間を遮るように猛スピードで次々に落下してくる残骸を避けながら、智は伸ばした手で、その小さな足首を掴んだ。そして無事に胸元に抱き込んだは良いけれど…。
「笑ってる場合じゃないの和也くん!キミごと落ちるわけには……ッ!」
壁面の途中にある非常階段で、落ちてくる智達をポカーンと見上げるダムの掃除係のおじさん。目が合った瞬間、智はおじさん目掛けて赤ん坊を投げた。反射的に手を伸ばしてキャッチしてくれたおじさんにニコッと微笑むと、智は濁流の中へと落ちていった。

「おい、あれだ!」
斗子からの通報で駆け付けた警官隊がダムの下で待ち構えていると、水から上がって来た一人の少年に驚いてざわめいた。正確には“一人”ではなく、その肩に何人もの人間を担ぎ上げている。
「キミ、大丈夫か!何があった?」
「この人達に訊いて下さい…」
ずぶ濡れの智はそう言って、肩の上で折り重なって気絶している窃盗団達を、まとめてドサッと地面に下ろした。フゥー…と息をついて、智は尋ねた。
「あの…赤ちゃんは無事ですか?」
「智さん!」
「!」
振り向くと、斗子が和也を抱いて立っていた。智はドッと安堵感が押し寄せてくるのを感じて、その場にヘタリ込んだ。
「智さん、大丈夫?」
「うん。この子が大丈夫なら…僕も大丈夫」と、智は微笑んだ。
相変わらず人事のように笑っている赤ん坊につられるように。智はそっと手を伸ばして、赤ん坊のホッペをプニプニとつついて言った。
「この顔見ると面倒な事も全部忘れちゃうよ」

雨が降ってきた。博士の家の近くまで来ると、智は立ち止まって、斗子に言った。
「僕はここで雨宿りするよ」
「え、でも、博士が心配してるわ。濡れてるし、一緒に行きましょうよ」
「斗子さん、僕は博士の甥っ子じゃない」
「……」
「僕は行っちゃいけないんだ。和也くんを頼むよ。博士に無事に返してね。この子を狙う悪者が来ないように」
「…また会える?」
ウルウルした目で問い掛ける斗子。智は気付いてないが、それは完全に恋する乙女モードだった。
智は微笑んで「うん、いつか」とだけ言った。

斗子が博士の家に入るのを見届けると、智は、さっき目覚めた電話ボックスのドアを開け、中でグッタリとガラスにもたれ掛かった。ガラス越しに空を見上げる。雨が強くなって雷鳴が聞こえてきた。
「向こうも雨かな…もしそうなら大きい和也くんカゼ引かなきゃいいけど。…てゆーか、もう会えないのかな」
そう思うと、やっぱり泣きそうになる智。と、その時…ドンガラガッシャーン!雷一発。

「智、お帰りー♪」
「た……ただいま」
雅紀の研究室のボックスに戻っていた。ドアを開けて智を抱きしめるのは、17才の和也。
「相葉ちゃん、良かった良かった。テキトーにボタン押してたら帰ってきたよ!」
「マジでー?!…もー焦った焦った!マジ焦った!どうしようかと思ったー!」
智を戻す方法を白熱しながら考えていたのか、頭クシャクシャの雅紀が飛び込んできて泣きそうな笑顔になっている。
「智、何で濡れてんの?」
気付いてキョトンとする和也。
「あ…雨降ってて。…電話ボックスで雨宿りしてたんだけど」
「もしかして、そこの角にあったボックス?」
「そうだよ。何で知ってるの?」
「そこにあったやつだよ、このボックス。何だー、きっとそこにいたから戻れたんだ!ねー相葉ちゃん?」
「たぶんそーだけど、もーダメ!もー封印!こんな片道タイムマシーン!」
「だって試作品ならしょーがないじゃん。智がどっか行っただけでも凄いじゃん。なー智?」
「まぁね…確かに相葉さんは凄い」
「とにかく使用禁止!撤収!」

「で、智。どこにタイムスリップしてたんだよ?いつ?誰かに会った?」
夜。風呂から出てきた智に、和也は興味深々に尋ねた。ソファに持たれる智の横にチョコンと座りながら。
「……」
智は和也に振り向いて、マジマジ見つめつつ言った。
「記憶は消去されました」
「…嘘つけー。人間ならそうかもしれないけど、おまえは記憶装置があるじゃんか★」
「そうだっけ?」
すっとぼける智に、和也は膨れた。
「…性格悪くなって帰ってきたのか?」
すると智は、和也を見つめたままムフフッと笑った。和也の言う通り、少し悪戯っ子のように。でも、とても優しい眼差しで。
「宿題やったのかな?」
「とっくだよ、んなの」
「じゃ、教えてあげる」
「え、マジで♪」
それから智は、ゆっくりと和也に話し始めた。

―END―



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