第12話・愛は勝つかも

ある放課後。街の緑豊かで広大な公園の木陰に身を潜めた少年達が、何やら緊張しながら言い合っていた。
「良和、ホントにやるのか?」
「やめた方がよくない?」
「止めないでくれ。あいつとケリをつけないと末代までの恥なんだ!」
相変わらずの真っ直ぐな眼差しで“宿敵”を待ちながら、東新良和は言った。
「だって、そいつってボブサップより強いんだろ?」
15〜6才の少年達にとって強そうな者と言えば、とりあえずボブサップだ。
「うん。それどころか、あいつにとってはボブサップなんて無駄に容量取ってるだけのハムスターみたいなものさ。だからこそ俄然やる気が出る」
淡々とそう答える良和。
「ボ…ボブサップがハムスターかよ」
ゴクッと唾を飲み込む二人のクラスメイト。
「やっぱやめろよ、良和。おまえ殺されるって…」
「来た!」
小さく叫ぶ良和。
「!」
身を引き締めながら出ていこうとした良和がピタッと止まり、クルッと回れ右で再び木陰に隠れた。
「ど、どうしたんだよ、良和」
「…わかんない」
「わかんないってアイツ来たんだろ?」
「来たけど変だ」
「は?!」
コッソリ覗いて見ると、二人も眉間を寄せた。
「…何だ、あの格好?」
良和から送られてきた果たし状を手にやって来たのは間違いなく大野智で、着ている制服も城山学園には変わりないのだが、目の錯覚じゃなければ、膝下までの白いルーズソックスに、膝上の短いスカートを履いて、ショートヘアの前髪をYAWARAちゃん風に可愛く結び、御丁寧に女子高生メイクまで施している。
「罰ゲームか何かしてんのかな?」
「でもカワイイ…一緒にカラオケ行きたいかも」
「バカ言うな!」
突っ込みを入れた良和は二人の首根っこをワシッと掴むと「今日の所は撤収!」

「用事でも出来たのかしら、東新くん」
なぜか言葉まで女になって、智はポツリと言った。そこへパトロール隊員がやって来て、女装姿の智に戸惑った様子もなく呼びかけた。
「大野くん、御苦労様。…しかし似合ってるね。まだ着替えてないの?」と、笑いながら。
「あ、ちょっと人から呼び出されて。急いでたんでこのまま来ちゃいました。でも、もう帰ります」
「怪しい奴かい?」
「いえ、知ってる子なんで関係ないです」と、ニッコリ。
「じゃ、キミも気を付けて帰れよ」
「はーい。さて、着替えなきゃ」

「マーチン、今日はもう終わりだって。帰ろ」
高い木の枝に腰掛ながら見張っていたマーチンに、自分の制服に着替えた智が声をかけ、シュタッと降りてきたマーチンと一緒に歩き出した。
「これ楽しー♪」と、歩きながら、雅紀が試験用に作った特製のスタンガンで遊ぶ智。
自分の掌に当てて、光りながらビリビリと走る電流が面白いようだが、これが人間ならショックで気絶するところである。
「て、遊び道具じゃないっけ。良い子がマネするからやめよ★」と、鞄にしまう。
「そんなもの必要ない」と、マーチン。
「僕らにはね。防犯道具持ってない女子がいたらあげるんだよ」
「にしても、知りもしない異性の体を触って喜ぶ妙な生き物を確保したところで、何かの繁栄になるのか?」
「なるさー。平和への第1歩じゃん?」
「ふん」
「この前もうちの学校の1年生の女子が襲われたんだよ?その時は叫んだらすぐ逃げたから良かったけど、最近すっごい多いんだから、変態人間。だからオトリ捜査に協力してんじゃない」

「え〜〜〜〜〜ッ?!」
夕暮れの住宅街に和也の声が響いた。近所の奥さんが集まってるので行ってみたら、ここ最近多発している若い女の子を狙った暴漢事件が、ついに幼児の被害者まで出してしまった。泣いている小さい女の子を見て、ついに住民達の怒りは頂点に達した。

「許さねーぞ、変態野郎!」
翌日の学校帰り。立ち寄ったゲーセンのパンチングマシーンでボカスカやりながら和也は叫んだ。
「トッ捕まえたらフックだ!ボディだ!チンだ!チキショー倍にして返してやる!」
「和也くん、お待たせ」
トイレでパトロールスタイルに着替えていた智が、和也の所へ戻ってきた。
「今日は思いっきりセクシーにキメてみましたが、どうでしょう?」
「…なんでウエイトレスなんだよ?普通の制服でいいんだよ、普通ので」
「あ、やっぱり?」
間違った気合は入れてしまったが、本日も張り切ってパトロールへと出かけていった。

「おい、大野智!」
街の安全パトロール隊から要請された捜査に協力し始めて一週間目。今日も可憐な女装でオトリ捜査中だった智を鋭く呼び止める声が、公園内に響いた。
「はい?!あ、東新くん!」
すっかり板についた女子高生スタイルで振り向く智。
「この前はどうしたの?キミに指定された場所に行ったのに来てくれなくて。悲しかったよぉ〜」
ハの字眉毛になって、良和の手を握ってユッサユッサする智。智としては大真面目に哀愁を訴えているのだが。
「笑止!」と、手を振り払う良和。
「ショージ?僕はサトシ…」
「真剣な果たし合いにルーズソックスで現れるわ、毎日毎日妙な扮装で走り回ってるわ、貴様は変態か!」
「変態を捕まえるためだよ」
「問答無用!今日こそは決着をつける!」
「きゃー!やめて!」
飛び掛ってきた良和に押し倒される智。あられもなく捲くれるスカート。その時。
「変態見つけたぁー!」
背後から和也のよく通るハイトーンボイスが大音量で響いた。
「あー!和也くん待った!」
ドン!シュッ!バシッ!…覆い被さっていた良和を素早く払いのけて、和也が振り下ろした野球バットを鮮やかに白刃取りする智。一瞬の静寂。
「ゴメン、和也くん。僕が変な悲鳴上げたせいだね」と、智はテヘッと苦笑した。
和也は脱力しながら「…何だよ〜違うの?」
「凄い…完璧な真剣白刃取りなんて初めて見た。僕なら失敗して脳天にヒットする…」
真剣に呟く良和。気付いた和也がキョトンとした。
「あれ?おまえ東新じゃん。何やってんの?」
智が訳を話すと、和也はムッとして良和の胸倉を掴んだ。
「おまえ、ふざけんなよ。こっちは捕まえなきゃいけない野郎がいるんだよ。邪魔すんな」
「和也くん…まぁまぁ」と、困り顔で間に入る智。
と、その瞬間。今度は本物の悲鳴がどこからか聞こえた。女性の声。
「わッ!何どこ?!」飛び上がる和也。
「待って、和也くん」
智のサイバースコープが、悲鳴の上がった方向から逃げる怪しい人影の位置と方向と速度を正確に感知した。
「南南西に逃走中。追いかける!」
素早く走り出す智。
「借りるぜ!」
「おい、ちょっと!」
和也は近くのベンチで一服していたお兄さんの中型バイクに飛び乗って、智の後を追いかけた。

『智!犯人は車で逃走したぞ!』
智の耳の内蔵通信機にマーチンの声が届く。
「分かった。マーチンは被害者をお願い!」
智は速度を上げて方向転換しながら高くジャンプした。シュタ!…公園横の高速道路の高い電灯の先に飛び乗った智は、市街地の道路を後続車や対向車を巻き込みながら猛スピードで走り抜ける犯人の車を確認した。
「お遊びは今日で終わりだよ、変態人間め」
電灯からジャンプし、高速道路のフェンスに着地すると、智はその上を一直線に駆け出した。下の道路に並走しながらアッという間に犯人の車に追いつくと、狙いを定めて、そこからジャンプした。スカートを翻しながら高く放物線を描いた智の体は、次の瞬間には犯人の車の屋根の上に真っ直ぐに着地した。
「うわあああ?!」
ドスン!と大きくヘコんだ屋根に驚いて悲鳴を上げる犯人。ガシャン!間髪入れずに運転席側の窓が叩き割られる。もう犯人は完全にパニックになっていた。
「車を停めろ!」
車体の屋根に張り付いたまま叩き割った窓から顔を出し、犯人に叫ぶ智。腕を伸ばしてハンドルを奪い取ると、左にきった。
「ブレーキを踏め!踏まないと首をへし折る!」
キキーッ!ようやく車は道路の端に停車した。
「ふぅー」
ヒョイと屋根から下りると、智は運転席のドアの取っ手を掴んだ。が、壊れているのか開かず、面倒なのでドア一枚ごとべりッと剥がした。
「ヒィィィーッ!」
「静かに!何人も女の子を襲ったね?」
犯人の若い男の胸倉を片手で掴んで車から引き摺り出すと、その腕を高く上げて犯人を宙吊り状態にする。
「暴れないで!静かにしろと言ったでしょ」
犯人の額の擦り傷から滲んだ血を反対の手の指先で拭い取ると、智はそれをぺロッと舌でなめた。すると、サイバースコープのデータが手配中の犯人との一致を示した。
「よし、前の事件の時に現場に落ちてた髪の毛のDNAと同じだ。やっと捕まえた」
宙吊りになったまま震える犯人を見上げて睨む智。
「もうすぐ警察が来るから、このまま待機して貰うよ。…?」
そこでハッと周囲に気付く智。すっかり野次馬に囲まれ、皆ポカーンとしている。
「あ、ごめんなさーい。もう終わりました。お騒がせしてスイマセン」
ガックリとぶら下がった犯人を手にしたまま、智はテヘへー♪と可愛い八重歯を見せた。

「やれやれだ」
バットを肩に担いで、連行される犯人を智と一緒に見守る和也が呟いた。
「御協力ありがとう。本当に助かったよ」
パトロール隊のお兄さんが「腐ったミカン」編の金八先生の如く、智と和也をガバッ!と抱きしめた。
「また何かあったら、いつでも言って下さい」
引き上げる警官隊とパトロール隊を一緒に見送りながら、ふとマーチンが言った。
「一つ片付いても、似たような事はまた起こる。繰り返す人間は愚かだ」
「マーチン…」
すると和也が言った。
「また捕まえればいいんだよ。今度は人間達が捕まえてくれるよ」
「ふん…先に帰ってるぞ」
ヒラリと踵を返すマーチンの向こうに、たたずむ東新くんが見えた。
「あ…東新くん」
智は駆け寄った。
「すぐ着替えて来るよ。さっきの続き。まだ間に合う?」
「いや、もういい。…謝ります」
「え?」
キョトンとする智に、良和は言った。
「あの犯人にスカートを切られた女子…」
「さっき襲われた子?」
「僕のクラスメイトだった」
「え!」
「だから、どうもありがとう。果たし状は捨てて頂けると更にありがたいです」
そう言って微笑むと、智と和也に礼儀正しくお辞儀して、良和は帰っていった。
「そうだったのか。良かったな、智…」
「笑うと可愛いね〜、東新くん。人間の笑顔って僕の大好物だ」
「……」
ウルウルお目目で感動する智を、和也は眉間を寄せながら見つめた。

夜。博士の書斎の大きな椅子にチョコンと収まって、うたた寝している和也。年越しソバを食べた後で気持ち良さそうだ。その膝には博士のアルバム。スル…と和也の手から滑り落ちたそれを、床に落ちる前に手でキャッチする智。和也を起こさないように静かに傍らにしゃがみ込むと、智は拾い上げたアルバムを一枚一枚めくって見た。博士と和也の幸せな時間がたくさん記録されていた。
「ん……智?」
「あ、和也くん」
目を覚ました和也が、ウーンと伸びをする。
「アルバム見てたら寝ちゃった…」
「起こしちゃってゴメン」
「おまえって気配消すの下手なんだもん。敵にはあんなに強いのに…俺にはすぐ見付かるんだもんな」
そう言って眠そうにクスクス笑う和也。智も苦笑した。
「修行が足りないね。僕、マーチンみたいに完璧じゃないから」
「智はそれでいいの」
「和也くん…」
「マーチンはカッコイイけど、智は智でいいんだよ」と、智の髪を優しくクシャクシャする。
「何もかもスマートな智って笑っちゃうし」
それには智自身もウケて、声を出して笑った。少しの間、笑いが止まらなかった。
「そうだよね…」と、顔を上げて和也を見ると、和也は再び眠ってしまっていた。
それを見た智の瞳は微笑んだまま、今度は自分が和也の頭をそっと撫でた。
「来年もよろしくね…和也くん」
除夜の鐘が鳴るまで、もう少しだった。

―END―



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