第11話・RISE OF THE MACHINES

「死んでやるーッ!」
「分かった。その前に少し話をしよう」
「来るなー!近寄ったら飛び降りるぞ!」
とある昼下がり、高い鉄塔の上で叫ぶリストラサラリーマンと、それを説得する警官の緊迫したやり取りが続いていた。地上には、それを見守る黒山の人だかり。情報を聞いてやって来たTV局の中継車も見える。
「奥さんと子供を置いて飛び降りるっていうのか?」
「うるさーい!ほっといてくれー!」
すぐそばの地上200メートル辺りで反省中だった智は、その延々続く押し問答にため息をついた。
「うるさいなぁー…停止したいのは僕だよ、もう」
ブツクサ独り言を言いながら、鉄棒に足でぶら下がるようにヒョイと逆さまになって、サラリーマンの頭上から顔を出す。
「あのー、すいません。静かにして貰えませんか?」と、ハの字眉毛になって。
「うわあああああ!?」
背後の警官隊ばかりに気を取られていたサラリーマンは、いきなり目の前にブラ〜ンと逆さの宙吊り状態で現れた少年に驚き、腰を抜かした拍子に足を滑らせそうになり、足場の柵にしがみ付いた。思わず「何で掴まるんだ?飛び降りたいんじゃないのかよ」と突っ込みを入れそうだ。
「何だ、キミは!何をしてるんだ!」と、警官隊もビックリ。
それを無視して智は言った。
「バカな事はやめて梯子から下りて下さい。そんでもって僕を独りにして!」
「ふざけるな!俺は死ぬんだ!」
「せっかく授かった人間の命を自ら強制停止?…ふざけてるのは貴方です」と、プンと膨れる智。
「なッ…なッ…何だと?!」
「そんなに落ちたいなら一緒に行きましょ」
「!」
警官隊が瞬きする一瞬の事だった。ぶら下がったまま手を伸ばしてサラリーマンの襟元を掴み、空中ブランコの振子よろしく弾みをつけて勢い良く外側へダイブ。智の体がサラリーマンごと宙へ舞った。
「あ゛ー―――――――――ッ!」急降下のサラリーマンの恐怖の叫び。
地面に叩き付けられる流血の大惨事を想像して誰もが目を覆った時、シュタッ!…ポカンとする野次馬。鮮やかに着地した智の腕にお姫様抱っこされている、半泣きのサラリーマン。その悲痛な叫びは「イヤだー!死にたくないー!」に変わっていた。次の瞬間、取り囲んでいたレスキュー隊がワーッと駆け寄ってきて二人を引き剥がす。そしてサラリーマンは救急隊員に、智は警察官に捕らえられて、現場はひっちゃかめっちゃかになりながら、とりあえず解決の時を迎えたのだった。

「和也くん、何してんの?」
キッチンで、ムスッとしながらカレーの入った鍋をグルグルかき回している和也。力を込めた手に握っているのがオタマでなく茶筅なら、まるで怒った千利休のようだ。通常この時間ここに立っているのは智なので、不思議に思って雅紀は声をかけた。
「晩飯作ってんのっ」と、プンプン気味の返事。
「智は留守?」
「あんな奴いなくたって飯ぐらい自分で作れるもんっ。掃除も洗濯も布団干しもできるもんっ。やろうと思えば家計簿の管理だってできるもんっ。てゆーか知らねーよ、あんな変態バイオニック!」
「落ち着きなよ。智がどうしたの?」
キレイに散髪した頭でクルッと振り向いた和也は「あいつ昼間に俺の部屋を掃除してて…」
「勝手に部屋に入られて怒ってるの?」
「違うよ。そんなんで怒んないよ」
「隠してたエロ本見たとか?」
「だったらむしろ一緒に見るし」
「じゃあ何があったの?」
「本棚のアルバム見つけて見てたんだよ。そしたら…」
和也の小さい頃の写真を見つけた智は『キャー!和也くん可愛いー!食べちゃいたいー!』と思わず悶絶。和也は床屋に出かけたと思って油断していたので、クーポン券を忘れて取りに戻ってきた和也と、悶絶したまま目が合った時は既に遅かった。
『その癖まだ直ってなかったのかよ、おまえはー!キモイから出てけー!』
ガシャーン!家の外に蹴り出された智は、己の失態を静かに反省しに行った。そんな状況を理解して雅紀が一言。
「愛だよね〜」
「…何だよ、相葉ちゃんまで」
「和也くんはキモイと思うかもしれないけど俺は分かるよ、智の気持ち。俺だって従兄の子供と遊んだ時なんかムチャクチャ可愛くて食ったろか!って思ったもん」
「俺を子供扱いして」
「してないよ。いつか和也くんにも解かるから…」
唐突に電話が鳴る。
「わぁ!ビックリしたなぁ、もう!」と、雅紀が受話器を取った。

「今すぐ彼を釈放して下さい!人を助けて留置されるなんて大間違いだ!」
警察署内で、智を引き取りに来た雅紀の怒鳴り声が響いた。
「方法に問題があるんです!被害者は一歩間違えたら死んでいたんですよ!」
「被害者?バカバカしい。あんたら警察がノロマでトンマだから彼が早急に救出したまででしょ!」
「何だと?!侮辱罪で逮捕するぞ!」
「やってみなさいよ、このポンコツポリス!」
あっという間に雅紀と担当刑事の取っ組み合いが始まり、止めに入る署員達でひっちゃかめっちゃかになる。一緒についてきた和也は、一人で静かな廊下に避難した。
「もう…相葉ちゃんこそキレたら手がつけられないんだから★」
「あら、あなたどうしたの?」
声をかけられ振り向くと、ミニスカポリスのようなセクシーな婦人警官のお姉さんが和也の前に立っていた。
「えっ、あっ、あのー、家族を迎えに来たんです。でも、ちょっとモメてて…」
美人のナイスバディというわかりやすい状況に健康な少年が無反応でいるわけはなく、和也はドキドキしながら答えた。
「ひょっとして自殺者を助けた男の子?」
「そうです」
それを聞いて密かに微笑む婦人警官。その瞳がキラリと光るのに和也は気付かない。
「いらっしゃい。会わせてあげるわ」
「え、いいんですか?」
パッと微笑む和也。
「ええ。ついて来て」

「おい、キミは人間じゃないって本当なのか?」
留置所の鉄格子の中にいる智に、見張りの若い警官が恐る恐る尋ねた。壁にペッタリ背中をつけて体育座りで膝を抱えていた智は、まだションボリした顔を静かに上げて頷いた。
「はい…本当ですけど」
「…驚いたなぁ。凄い博士が作った機械人間の事は聞いてたけど、まさか会えるとは思わなかったよ。じゃあさ、そんな格子なんか余裕で壊して逃げれるんじゃないの?」
「だって悪い事したから入れられてるんだし…勝手に出たら刑事さんがクビになっちゃいます」
「あァ…いや、そりゃそうだけどさ」と、警官はポリポリ頭をかきながら時計の時刻に気付いて「おっと…見まわりの時間だ。じゃあ大人しくしててくれよ?」
「御安心を。外へ出たりしません」
警官が出て行くと、智は再びションボリと頭を垂れた。

署内の暗い部屋に連れて来られた和也は、見当たらない智の姿にキョロキョロしながら言った。
「あのー、智はどこですか?」
すると、いきなり抱きしめられた。目の前に迫るボインの谷間にビックリしてアワアワする和也。
「慌てないで、坊や。後で、ちゃんと会わせてあげるから」
「でっ、でも、でもー★」
クラクラしてきて、なぜか意識まで朦朧としてくる。
「最後にお楽しみを味わわせてあげる」と、彼女の声が囁いた。
「最後ぉ〜…?…でも俺…まだ人生これからなんですけどぉ〜…」
「そう、勿論これからよ」
「うぅ〜ん……」
彼女の腕の中でヘロヘロになっていく和也。その時、ドアが開いてライトが照らされた。
「誰だ!そこで何をしている?!」
見まわりに来た警官が、見覚えのない婦人警官の姿に鋭く叫んだ。
「!」
赤く光った目で警官を睨むと、既に気を失った和也を床に置いて、彼女が警官に襲い掛かった。
「うわあああああ!」

「?」
智がいる場所から離れていたし壁にも特殊な防音が施されているが、その叫び声を智の聴覚は鮮明に捕らえていた。
「すいません!誰かいます?」
呼びかけても何も返事はなく、智はスッと立ちあがった。
「マーチンの指なら鍵開けられるけど、呼んでる時間ないし…」
仕方なく智は鉄格子を片手ずつ握ると、格子が折れないように力を加減しながら、体が通れる分だけゆっくりと左右に押し広げ、ヒョイと外へ出た。

「ボス、とんだ邪魔が入ったけど、和也を確保したわ」
耳に仕込んだ通信機で、Drミートに連絡する彼女。
「急いで帰艦します…」
「待て!」
「!」
気を失ったまま捕らわれている和也に、床に倒れているさっきの警官、そして謎の女。智はカッと閃光を放つ瞳で女を睨み付けた。
「やはり来たわね、1126」
「おまえは何者だ!人間に何をした!?」
叫ぶなり智は素早く彼女の懐に入ると、その首を捕らえて締め上げた。拍子に彼女の腕から床に崩れ落ちる和也。長身の女の体が、壁に押し付けられながら宙吊り状態になる。
しかし彼女は不敵に笑って「フン、どうする気?あなたに女が殺せるかしら?」
「女だと?その綺麗な体で欺こうったってダメだよ!」
ドカーン!女をフルパワーで投げ飛ばす智。女が激突した壁がガラガラ崩れて、女は無傷で立ちあがった。
「ほらね。Drミートの手先め。かかっておいでよ。頭のチップもぎ取って溶鉱炉に投げ捨ててあげる」
「私の頭にチップはないわ」
「何?」
智に襲い掛かる女。智を仰向けに押し倒して馬乗りになると、今度は女の手が智の首を捕らえて動きを封じた。しかし智は気丈な眼差しで女を見据えながら言った。
「和也くんをどうする気だ?あの子を誘拐して、その身代金代わりに科学研究所を丸ごと乗っ取ろうってわけ?」
「さすが察しが良いじゃない。世界の中枢的存在であるあの研究所が手に入れば、世界はミート様のモノよ!」と、高笑いする女。
その時、智のサイバースコープが、その胸元の中心に埋め込まれたチップらしき物体をレントゲンカメラのように捕らえた。
「見つけた!」
不意を突かれた女を組み伏せる智。もつれ合って転がりながら押し倒し、女の着ていた婦人警官用の白ブラウスを引き裂いた。
「…?」
まだクラクラしたままボンヤリ目を覚ます和也。床に手をついて顔を上げると、和也はポカンとしつつ目を見開いた。
「…えぇ〜〜〜〜〜?!」
智が女性を押し倒して胸を鷲掴みにしているのだ。
「人前で何やってんだよ!俺は年頃なんだぞ!」
「え?あわわ!和也くん…もう少し気絶してて欲しかった」
その間も智の手を阻もうとする女への攻撃の手は緩めずに、智は慌てて言った。
「和也くん!こいつは“女”じゃなければ人間でもない!外へ逃げて!」
「え…」
「早く!」
「智!」
その時、急に女の腕力が弱まった。智は一瞬ワケが解からなかったが、素早く人工皮膚に覆われた女の胸元を突いた。
「うッ!」
女らしい膨らみをしたチタン合金を引き裂くと、その中に見えたのはバイオチップではなかった。
「もう充電が切れるわ…」と、女が言った。
「おまえ、バイオニックとは違うね。この任務のためだけに造られた充電式の…使い捨てマシーンだ」
「その通りよ…しかし憶えておきなさい…ミート様は諦めないわよ」
「言われなくても記憶しとくよ。…おまえも憶えといて。マシーンが人間を翻弄できると思ったら大間違いだってね」
クールな口調でそう言うと、智は女マシーンの胸元に手を突っ込んで電池を引き抜いた。
「!」
電源が切れ、ただの機械人形と化して動かなくなる女。
「…て、停止しても記憶できればの話だけどさ」と、智は床に落とした電池を足で踏み潰した。
「智…」
和也がそばに来て抱きしめると、智の瞳から機械的な鋭さが消えて、黒目勝ちの優しい表情を取り戻した。
「翻弄じゃなくても夢中にさせられるマシーンなら、うちに2体もいるじゃんか♪」
「和也くん…僕」
「安心しろよ、誰も死んでないし。ほら、刑事さんも、殴られて気絶してるだけだよ。それに…俺、何もされてないから」
「ホント?」
「うん」
「良かった…和也くんに貞操の危機があったら、僕、天国の喜多川博士に顔向けできないよ」

「あいたたた★」
タンコブを押さえながら戻ってきた警官。元通りに鉄格子の中にいる智は、ぺコリとしながら彼に言った。
「お帰りなさい。お疲れ様です」
「…キミ、ずっとここにいたか?」
「僕、外には出てません」
「ふむ…“警察署の外には”だろ?」
「……」
困った顔で俯く智。すると警官はクスッと笑いながら、格子の鍵を開けた。
「まぁいいよ。正式に釈放の許可が下りたし」
「え、取り調べしないんですか?」智はキョトンとした。
「正義の味方を取り調べるなんて聞いた事ないよ。さぁ、出なさい」
「……。はい、ありがとーございます♪」

ミートの作戦は失敗に終わり、女型刺客マシーンを廃棄処理するために雅紀が呼んだ研究所の特殊部隊の車も引き上げると、ようやく街は平和な夕暮れを取り戻した。

「あー、腹へった」
雅紀は研究所へ向かったので、先に二人で帰ることにした和也と智。歩きながら和也が言った。
「でも今夜は晩飯作らなくていいよ、智。俺が作ったマズいカレー片付けなきゃ」
智は笑って「マズいことないよ」
「んー。ま、たまにはいっか。それよりどうだった?牢屋に入った気分は?」
「良い思い出になった」
「何だよ、それー」思わず和也も笑う。
「でも今日の事は成子に内緒にした方がいいぞ、智」
「もうニュースでバレちゃってるよ、僕が捕まった事は」
「それじゃなくて、おまえが女ロボットのオッパイモミモミした事だよ、バカ」
「モミモミなんかしてないよ。ただの急所攻撃だよ。和也くんのエッチ」
「したよ、俺ちゃんと見たぞ」
「してないもん」
「絶対した」
アホな戯れを家まで続けながら、二人自身も気付かないうちにスッカリ仲直りしていた。

―END―



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