第10話・仮面舞踏会

朝の加藤道場。日課の気合い一発体操のために門の前に出てきた成子の父。
「・・・?」
遥か前方の遠景の隙間から猛スピードで近付いてくる砂ぼこりの帯を見て、成子の父は静かに深呼吸しながら身構えた。
「なぜキミは走るのか・・・」
「加藤さんのお父さぁーん!♪」
砂ぼこりの先端、朝顔のような爛漫スマイルが迫って来る。
「なぜキミは、それほどまでして・・・走るのか」
「おはようございまーす!」
ドビュン!ガバッ!
ジャンプして飛び付き、成子の父に抱きついた。
「お久しぶりです!大野智です♪」
「・・・それにしても、キミは足が速過ぎる」
「?」
ちょうどポチを連れた近所のお爺さんがキョトンとしながら門の前を通過した。
「大野くん、分かったから、いい加減に離れてくれんか。妙な誤解をされるとかなわん」
「あ、はーい」
智の抱擁から解放されると、成子の父はコホンと咳払いをして「・・・で、今日は何だね?」
「成子さんを舞踏会に誘いたいので、お父さんの許可を貰いに来ました」

その同時刻、あるマンションのドアをピンポンするマーチンがいた。ドアの表札は『屋良』である。
「はーい?」
バタン!ゴン★
「すまない。ドアに近付き過ぎた」
マーチンの額がヒットして、ヘコんでいるのは勿論ドアの方なのだが。
「マ・・・っ!ごめんなさい!」
ドアを開けた朝美は真っ青になった。

加藤道場から、ひとっ走り。クラスメイトの朝美の家があるマンションの脇に駐車した見覚えのある車を見付けて、智はその助手席に乗り込んだ。もうすぐ中から戻って来るであろう彼と、智は車内で合流する予定なのだ。暇なのでカーラジオをつけて流れてきた演歌の花道に合わせて歌っていると、運転席側のドアがバタンと開いてマーチンが乗り込んできた。
「やかましい」と、相変わらず淡々とした口調でラジオを消す。
が、そんなマーチンを、ニパッとしながら覗き込む智。
「・・・何だ?」
「愛してるって言った?」
「アホか」
「じゃあ『可愛いよ』とかは?」
「言うか、バカ者」
「何だ、つまんないの」
プ〜と頬を膨らます智の隣で、マーチンは無表情のまま車を発進させた。

「で、和也くんは私を誘いに来たの?」
「うん。だって舞踏会ってカップルで参加しなきゃいけないんだもん。女子って言ったら潤子しか思い付かないんだよ」
誘いのついでに潤子の家に遊びに来た和也は、呑気にTVゲームに勤しみながら答えた。潤子はというと、その和也の横で同じコントローラーを握り、対戦ゲームで応戦中。
「俺ああいう状況の所に女の子と出掛けるのなんて気まずくてヤなんだもん。だから潤子しか…」
「ふ〜ん、私は女じゃないわけね」
「女だよ。唯一気まずくない珍しい存在の」
「…」
ドカ〜ン♪ゲームオーバーで和也の勝利。
和也はクルッと潤子に向いて「翔くん家だよ?有名人も来るしタダで御馳走いっぱい食えるんだよ。それとも他の誰かに誘われた?」
すると潤子は大きな目を更にカッ開いて言った。
「誘われてない!行くから、もう1回勝負!」

舞踏会当日、櫻井邸。日頃から付き合いのある隣人から各界の著名人まで、その招待客は様々だった。和也達はもちろん前者の部類になるのだけど、一張羅のスーツでパーティ用に精一杯キメたは良いが、ドームライブ並みの人込みの中で早速迷子になっていた。
「翔くん、どこにいるんだよ〜?」
「まだ部屋で準備してるんじゃない?相葉さんが先に行って手伝ってるはずだよ」
「そっか…おい、逸れるなよ、おまえら★」
和也は潤子の手を、智は成子の手を引っ張りながら、櫻井邸の庭園を進む。
「和也くん、2時の方向に受付が…」
「え?2時からかよ?過ぎてんじゃん!」
「いや時間じゃなくて、あっちって事」
コントのような会話で揉みくちゃになりながら、やっとの思いで4人は邸内に入る事ができた。車で来ているはずのマーチンと朝美は、もう到着しているのだろうか。
「ドレスがクシャクシャになっちゃった…」
「お手洗いでお化粧直してくる」
「あ、私もー」
「ちょっと行って来るね」と、潤子と成子は半泣きでレディスルームへ走っていった。
「お化粧崩れてないけどなー」と、不思議そうに首を傾げる智に和也が言った。
「女って変じゃなくても直すんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。腹痛くなくてもトイレが長いの。…て、翔くんが言ってた」
「ふーん」
その時、おそらく割る事ができるのは智の拳か戦車の砲弾ぐらいだろうと思われる強化ガラスのケースに入った、高価な宝石の指輪が運ばれて来た。厳重な警備付きで重々しい雰囲気に、華やかに賑わっていたフロアが一瞬静まり返り、人々は目を奪われたようにザワザワし始めた。その中で、キョトンとしながら見ている和也と智。
「きっと翔くんの許嫁の人にあげるんだ」と、和也。
「あ、サラリーマンの御給料の3ヶ月分っていうんだっけ」
「翔くんレベルの家がそんなモンな訳ないじゃんか。1億とか2億とかするよ、絶対。スゲーよなー。1億円あったら何買えると思う?」
「んー、オカメ納豆の3個入り1パックがスーパーで98円だから…えーッ、1億円の納豆って言ったら★」
「納豆で計算するなって。…ところでさ、智」
「はい?」
「さっきから気になってたんだ。ちょっと来い」
「和也くん?」
和也は、人気のない静かな一角に智を引っ張り込んで、開口一番…「脱げ」
「和也くん、僕にも心の準備が…」
ペン★
「ボケてないで上着脱げよ。おまえ着いた時からココに来るまでの10分くらいの間に何を急激に着膨れてんだよッ」
「あ、ダメ、やめて…!」
智のジャケットを掴んで強引に開かせる和也。途端…ガシャガシャン!大量の鉄屑のような物が智の全身のポケットというポケットからこぼれ落ちた。
「わッ!何だよ、これ!」
「何だろうね」
「ごまかすな!」
その瞬間にも。シュッ!パシッ!クシャッ。空中で何かを掴んで、それをまたポケットにねじ込む智。
「おまえ何やってんだよ」
「ハエが飛んで来たんだよ」
「もういいから見せろって!」
奪い取る和也。
「何だ、これ」
さすがに誤魔化しもムリがあり過ぎと諦めた智は言った。
「手裏剣だと思う…」と、ショボンとしつつ。
「ちょっと待て。さっきからコレがヒュンヒュン飛んできてたっての?」
「うん」
「それを俺に分からないようにキャッチして隠してたの?おまえ」
「せっかく楽しいのに空気ブチ壊したくなくて」
「…刃先ひん曲がってるけど」
鉄の手裏剣は、御丁寧にまるで使用後のティッシュのように丸められていた。
「だってそのまま入れたらポケット破れちゃうもん」
「そりゃそうだ…て、おい!何で早く言わな…」
ヒュン!また飛んできた。バシッ!
今度は明らかに和也を狙って飛んできた手裏剣をキャッチして握り潰すと…「あーもーッ!アッタマきた!ぶちのめす!」
いきなりブチキレ出す智。
和也が呼び止める間もなく智の姿はそこから消えており「もー女子達どうすんだよぉ」
和也はクルッと回れ右して駆け出した。

敵が逃げ込んだ部屋の前に来ると、智は速攻でドアノブを掴む。当然だが鍵が掛かっている。
「開けなさいって!蹴破らせないでよ!無意味に人ん家を壊したくないんだよ!」
と、ドアをドンドン叩く智に、ドアの向こうから「旅館の風呂場あっさりメチャクチャにした奴が何言ってんだよ!…あ」と、口を滑らせた様子。
「やっぱりね。あの時の子か。今度は櫻井家にまで忍び込んで来て何のつもり?ストーカーってやつですか?もう怒ったぞ。開けろってば!」
カチャ!バタン…鍵が開いて、ドアが開く。
「何をゴチャゴチャ遊んでるんだ、おまえは。サッサと片付けろ」と、呆れながら中へ入っていくのは、針金に変形させた指を鍵穴に突っ込んだマーチンだった。
「もぉー…僕が説得したかったのにィ」
「何が説得だ。緊急事態なら迷わず蹴破れ」
すると間髪入れず飛んで来る手裏剣。無数に飛び交って来るそれをジャンプでかわして二手に分かれた智とマーチンは、それぞれ飛んで来た手裏剣を素早く、狙いをつけてキャッチ&リリース。
「そこだ!」
バシッ!見事に相手の両腕を捕らえた。
「あー!ちきしょー★」
智とマーチンが放った手裏剣は、袖を貫通して壁に深く突き刺さった。謎の少年は、壁に大の字に張り付けられて動けなくなった。
「フッフッフッ、さぁ諦めなさい」と、不敵な笑みで少年のマスクに手をかける智。
「なんかドキドキするー♪」
「何やってる。早く面を剥がせ」
急かすマーチン。
「わーかったよっ。…さて」
バッ!ついに謎の少年の仮面を剥いだ智は、不敵な笑みからキョトンとした顔になり「…東新くん?」と、少年の顔をマジマジと見つめた。
「東新くんじゃないか」
「智、知り合いか?」
「この前のバイト合宿にいた子だよ。確か…桜高校の1年生だよね?」
大きな瞳でキッと智を見上げて睨む素顔はあどけなく、どこであんな一流ヒットマン並みの技を身に付けたのか謎は深まる。
「とにかく連れて行くよ。櫻井くんを付け狙う訳を聞かせて貰うからね」
それを聞いた途端、再び暴れ出す東新くん。
「やだやだやだーッ!」
「ヤダじゃない!あ、こらっ」
張り付いた腕を必死で引っぺがして逃げ出す東新くんを素早く捕まえて床に組み伏せると、パワーグローブを外させながらもみ合った。
「こんな武装してるから厄介なんだ。大人しくしなさい!」
「…バカバカしい。俺は戻るぞ」
「ちょっとマーチン手伝ってよ!」
その時。コツ、コツ、コツ…上品な足音と共に部屋に入ってくる一人のタキシード姿の老紳士。
ピタッと固まる3人の横を穏やかに通り過ぎると「おぉ、ここにあったか。フォッ、フォッ、フォッ」とテーブルの上のパイプを手に取って、クルリと振り返ると、3人とバッチリ目が合う。
すると老人はニッコリしながら言った。
「フォッ、フォッ、フォッ、やはり若者は元気があって良いのう」と、パイプをくわえながらウンウンと頷く。
「これ、良和。時間までには戻るんじゃぞ。おまえの姉さんと櫻井家の翔坊ちゃまとの婚礼の儀が始まるでな」
「おじい様!」
ポカ〜ンとする智を振り解いて立ち上がると、東新くんは潤んだ瞳で祖父に訴えた。
「おじい様や父上は御存知ないでしょうが、あいつは姉さんと結婚する気などありません!僕は櫻井翔を許さない…復讐してやる!」
…シーン。しかし老人は穏やかに頷いて言った。
「実は知っておったさ」
「…おじい様」
「あの御曹司は、しきたりや利益に流されず自分の意志をしっかり持った素晴らしい方じゃ。逃げたりはしない。きちんと自分の口で正式に破棄の意を伝える為に今日の場に臨まれたのだ。使いの者をよこせば済むものを…。その誠意に答えようではないか。おまえが姉さんを思う気持ち、姉さんも理解しておるよ。さぁ、涙を拭くのじゃ」
老人が去ると、その場に泣き崩れる良和を支えながら智は言った。
「また新しい人間の愛の形が見れた…これが姉弟愛か。僕は今モーレツに感動してるかもしんない」
「俺には単なるシスターコンプレックスにしか見えないぞ」
「うん、そうとも言うけどね」
シレッと見ているマーチンに頷きながら、それでも智はウルウルした。

「屋良がトイレから出て来ない?別に腹痛くないなら何でー?…あ、コレもうまそー♪」
和也はパーティ会場のテーブルの御馳走に夢中になりながら、戻ってきた潤子に尋ねた。
「わかんない。マーチンさんが様子見に行ったけどね」
「ふーん。なんか複雑だねー。やっぱ潤子と来て良かった」
「え…」
「ほら、こんなモン滅多に食えねーぞ。アーン」
つられて開けた潤子の口に、和也はあっけらかんと笑いながらキャビアのおつまみを放り込んだ。

「大野くん!」
一人の少年をおんぶして廊下を歩いてくる智を見付けて、成子は駆け寄った。
「加藤さん、ごめんね。キミの事ほっといて」
「いいのよ、大野くんが心配で私…その子は?」
「泣き疲れて眠ってるんだ」
「あら…東新くんじゃないの」
顔を見て驚く成子。
「うちの道場に習いに来てる子よ」
会場の隅にある大きなソファに良和を寝かせて、智から話を聞くと。
「東新くん短期間で黒帯になって素質もあるから、お父さんも見込んでたの。でも“試合で勝つのが目的じゃない”って言って合宿にも参加しないから変だと思ったけど…こういう事だったのね」
「加藤さん、怒る?」
すると成子はクスッと笑って首を振った。
「一生懸命強くなった子を怒れないわよ」
「うん」
智も笑って頷いた。
「でも、せっかく身に付けた武術も、大野くんじゃ…使う相手が悪過ぎるわよね」
「ハハハ。でも、なかなか手強かったよ。さすが加藤さんのお父さんだね。師匠が良いからだよ」
「もう大野くんたらぁ♪」
ドーン。成子が嬉しそうに肩を押すと、智は数メートル先へ吹っ飛んだ。

マーチンは噴水の脇に座って朝美を待っていた。
朝美が来ると「どうかしたのか?」と、俯いたままの朝美を覗き込む。
「なんか落ち込んじゃって…」
「なぜだ?気分が悪いのか?」
朝美は首を振って「私、潤子みたいに可愛くないし、成子みたいに美人じゃないし…」
「何を言ってる?」
「他にも綺麗な女の人いっぱいいて…なんか私マーチンさんに釣り合わない気がする」
「容姿端麗な女がいっぱいで俺と釣り合わない?…どういう意味だ。理解に苦しむ」
「…上手く言えなくてゴメンナサイ」
「おまえは俺といる事を拒否してるのか?」
「違う!」と、顔を上げてブルブルと首を振る朝美。
「そうか。ならば問題はない。おまえの言う容姿端麗な女達の事はよく解らないが、おまえがどうしたいかが最重要だ」
「…マーチンさん」
マーチンは朝美の手を引いて言った。
「中に戻るぞ」
「…うん」
朝美は、ようやく笑って頷いた。

「相葉、俺って結局ただのワガママ息子なのかな…」
屋敷の支度室。正装した翔は、鏡の前で溜息をつきながら、ポツリと雅紀に問い掛けた。ここには翔と雅紀の二人だけだった。
「何を珍しく弱気になってんだよ。おまえらしくないね、御曹司」
雅紀は言い返した。
「それより、そろそろ行かないと。皆様お待ちかねなんじゃないの?」
「…悪かったな、相葉。今日は付き合わせちまって」
「別にいいさ。高級なタダ酒なんて滅多に飲めないしね」
すると翔はクスッ笑う。やっと笑顔を見せた親友に、雅紀も笑った。
「よし…じゃあ行ってくる」
「おう、行って来い。東新家のお嬢様に誠意を持ってお断りするんだぞ」
「ッしゃあー!」
雅紀にバン!と背中を叩かれ、翔はドアを開け、大広間へと向かっていった。

心地良いソファで良和が目を覚ますと、ゆったりとワイングラスを手にしている櫻井家の御曹司が視界に飛び込んできて、良和はビクッと飛び上がって後ずさった。
「お目覚めかい?東新家の御子息」
固まっている良和に、グラスを置いて優雅に微笑みかける翔。
「よく眠ってたね。皆様とっくにお帰りになられたよ」
「そんな…僕は家族に置いてけぼりにされたんですか?」
「まぁそうヘコむなって」と、社交界モードから普段の口調に戻って、翔がニヤリと笑う。
「キミのお姉さんから伝言があるんだけど聞く?」
「えっ?!あ…はい」
「“無礼な弟にタップリお灸をお願いします。翌朝に迎えをよこします”とさ」
「・・・」
「良いお姉さんだね。アルバイト合宿に潜り込んでまで俺をブチのめしたくなる気持ち、解からないでもないけどさ」
「ぼっ、僕は謝りませんからねっ」
必死にキッと睨む良和に、翔は微笑みながら頷いて言った。
「あァ、構わないよ。むしろキミの気持ちを尊重しようじゃないか」
「は?」
パチン!と指を鳴らす翔。するとパッとライトが照らされ、ウイ−ンとフロアが変形し、特設リングがせり上がってきた。ポカンとする良和にボクシンググローブを投げ渡し、いつのまにかトレーニングコスチュームになった翔が不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、かかって来い!今夜はオールナイト・ファイトだぜ!」
「やめて…やめて……ごめんなさぁーい!」
1枚どころか何千枚も上手だった櫻井家のお坊ちゃまに、東新家のお坊ちゃまの恐怖の悲鳴が屋敷に響き渡った。最後まで賑やかな夜だった。

―END―



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