青。物凄く青だった。
こんな青い空を初めて見た智は、ポカ〜ンというか、ホケェ〜というか、とにかく感動しすぎてボンヤリした「無」の瞳で空を見上げながら、和也の後を歩いていた。
休日の午後。
「ちょっと行ってくる」と出かける和也に何も考えずについてきた智だったが、来て良かったと思った。
2人共Tシャツにジーンズという軽装で、バスと電車を乗り継いで来た。
工業地帯の町、眺めは良いけど少し淋しい感じがする。
だけど空は本当に綺麗だった。
廃止になった線路は雑草が茂っていた。
そこをずっと歩いていくと、金網のフェンス越しの遠く向こうに、閉鎖された古い工場跡地がある。
カシャン…金網に腕を乗せてボンヤリ寄り掛かる和也。そこで智は我に返って、視界を青空から和也へ移した。
どうやら目的地はここのようだ。
「……」
智は和也のそばに行き、隣に立って、同じ方向を黙って見つめた。
和也も暫くの間、何も言わなかった。
ただ風に吹かれていた。
あそこ何だろう?と若干下がった眉で見つめる智に、不意に和也が「あそこで俺の両親が死んだんだって」と言った。
別に重大発表というわけでもない、普段の和也の口調だった。
少し見開いた目で和也に振り向いた智。それから、またフェンスの向こうを見た。
「あそこで研究中に爆発事故があって全員。そん中に“二宮夫妻”もいたんだってさ。博士が言ってた」
「…時々来てたの?」
「ううん、初めて来た。っていうのも…」と、和也はウーンと考えるように眉を寄せて「親の事は憶えてないから来ても意味ないと思ってたからさ」
「て事は和也くん…初めての場所に僕を連れてきてくれたんだね」
と、ウルウル雨嵐になりかけた智のカンゲキは「てゆーか普通についてきたんじゃん、おまえ」と和也にアッサリ返される。
(…もおっ、和也くんはロマンなさ過ぎ)
ハッキリ言って和也はロマンとは真逆の気質だったりするが、でもやっぱり智は嬉しかった。
「でも…いっぺん来なくちゃと思ってたし、一人で来る気はしなかったよ」
「…和也くん」
ずっと向こうを見ていた和也が、そう言って智に振り返った。
ポツ…雨。青いままの空から大粒が降ってきた。
「ゲッ、何だよー」大きな声で慌てながら、線路の脇の小屋に走る和也。
「智、何してんだよ。早く来いって!」
「凄い!和也くん、なんで晴れたまま雨が降るの?!」と、白い八重歯を見せた驚きの笑顔で見上げる智。
「夕立ってゆーの、ユーダチ!早くしろよ、濡れるし」
手を引っ張って小屋に駆け込む。ここで少し雨宿り。小屋の壁を背もたれにして、2人は並んで地べたにペタンと腰を下ろした。薄汚れた土だらけの床でズボンが汚れてしまうが、そんな事はどうでもいい和也と智には、雨を凌げるだけで充分な場所だった。
軒下から雨を見上げて、また束の間の沈黙。だけど、これが全然気まずくないのは単に和也の性格なのか、それとも“人間同士ではない”からだろうか。それは和也にも分からなかった。そう思いながら無意識に智を見ていた。智の横顔。
「夕立かー。夕立♪なんか今日は初めてがいっぱいだな」と、一人で勝手に楽しげだ。
「…?」
ジ〜〜〜ッと見る和也の視線に気付く智。
「ん?何?和也くん、どうしたの?」
和也のムズカシげな目にキョトンとする智。
「いや、面白い顔だなと思って」
「そう?よかった」
「…。長い夕立…」
「うん」
ズルッ…智の肩に頭ゴツンする和也。
「和也くん?」と、思ったら、ZZZ…。
和也なりに張り詰めていた何かが吹っ切れたのか、安心したのか、和也は眠っていた。智の肩に顔をつけて。
「……」
智は動かなかった。まだ動きたくなかった。夕立は止んだけど、もう少しこのままでいたい。暗くなる時間までまだあるから、智はすぐに和也を起こさなかった。ついでに人間と違って、ずっとこうしていても頭を乗せた肩が凝る心配もないから。そう思って、智は小さくクスッと笑った。
いつまで、こうしていられるだろう。それは夕方までの時間の事ではない。

“キミの愛する誰かが、
今度はキミの肩に安らぎを感じて寄り添う日が来るまで…その時が来るまで戦う。
僕の幸せに感謝を抱いて”

和也の体温を感じながら、いつかは訪れる別離を思う。でも智は、哀しくはなかった。
それは智だけにしか感じる事のできない、かけがえのない愛の形だった。
雨上がりの鮮やかな青空が、智を優しく見守っていた。

―END―



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